烏山川 1

目黒川の支流の烏山川、その源流は世田谷区北烏山の高源院にある弁天池とさ
れ、また玉川上水からも烏山用水として導水されていた。
南烏山、船橋、宮坂、太子堂など世田谷区北部を横断し、目黒区池尻で北沢川と
合流、目黒川に注いでいた。
現在は殆どの区間が暗渠となっている。

その烏山の水源、弁天池は浅い地下水の宙水を水源とする池で 東京の名湧水5
7選
にも選定されているほか、世田谷区の特別保護区にも指定されている。
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池にはスイレンやコウホネなどが密生し、また冬にはマガモ、カルガモなどが訪れる。
(このことから、鴨池という別称がある)

この高源院は臨済宗大徳寺派の寺院であり、元禄15年(1702)、久留米藩主
有馬頼元が仏道に帰依し北品川に創建、怡渓宗悦和尚が開山した。
昭和14年(1939)に烏山の地に移転している。
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この付近には寺院が多い。
烏山寺町と呼ばれ、関東大震災後の都心復興のため、焼け出された22の寺院
が当地に移ったのが始まりとされ、現在は26の寺院を数える。
その全てをここで紹介することは出来ないが、高源院の南、2軒隣の専光寺には、
浮世絵で有名な喜多川歌麿(1753~1806)の墓があり、都の旧跡として指定さ
れている。
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烏山川は池の東側から流れ出ているが、その上流、三鷹市牟礼方面にも水路を
見ることができる。
途中、放射5号道路(東八道路)の道路建設地や住宅地などに阻まれて、上流側
に辿ることはできないが、おそらく玉川上水から牟礼分水によって取水された牟礼
田んぼからの流れではないだろうか。
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弁天池から出た流れを追ってみよう。
高源院の西側の住宅地を通り、その先、僅かな区間ではあるが遊歩道となる。
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遊歩道を通り抜けると烏山北住宅という団地内を流れていく。
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最初に書いたように烏山川にはもう1つ、玉川上水から取水した烏山用水の流れ
がある。
万治2年(1659)の開削とされ、烏山村など流域10村に補給されていたという。
弁天池からの水流だけでは、水田の維持が難しかったのかもしれない。
玉川上水の岩崎橋から下流を眺めると、茂みの奥に分水口を確認することができる。
ちなみに、烏山分水口の数十メートル先には、北沢分水口がある。
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玉川上水からの流れは、弁天池からの流れと同様、烏山北住宅の中を南下する。
2つの流れは所々、途中の支流によって結ばれていたようだが、基本的には2本
の流れとなって下っていく。
便宜的に弁天池からの流れを西側支流、玉川上水からの流れを東側支流と称
することとしよう。

西側支流を追っていくと、中央高速との交差部に古い橋の欄干を見ることができる。
更には、この橋の下から10メートルほどは開渠となっている。(但し、水は流れて
いない)
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その先、団地内の所々に橋を見つけることができる。
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こちらは東側支流、団地の東側に沿って流れているが、草地となった水路敷が続
き、写真のような橋跡もある。
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東側支流と西側支流の間隔は数十メートルであるので、交互に見ながら歩いて
いくこともできる。

国道20号線(甲州街道)烏山バイパス脇にも、このような欄干を確認できる。
(西側支流)
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こちらは烏山バイパスを渡った先の東側支流、マンションの間に入ってしまうため、
残念ながら支流に沿って歩く入っていけず、迂回する必要がある。
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西側支流が甲州街道旧道を渡った場所に武州千歳村大橋場の跡と書かれた
碑があり、地蔵や庚申塔が建てられている。
特に説明板もなかったが、Webで調べてみると、地蔵は江戸時代にこの付近の
繁栄に寄与した下山一族が建てたもので下山地蔵尊と称されるという。
また碑の名称からすると、旧甲州街道には大橋という名の橋が架かっていたの
だろう。
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更に南側へと歩いていくと、芦花公園駅の西側で京王線と交差する。(写真は西
側支流)
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京王線の先は、新しく立て替えられた芦花公園団地。
団地内には綺麗に整備された遊歩道が通る。
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その西側には烏山念仏堂と烏山神社がある。

烏山念仏堂は念仏堂は,室町期に 世田谷領主の吉良頼高が菩提寺として創建
した泉澤寺(その後、川崎に移転)の境内に念仏道場として建てられたと言われる。
明治6年(1873)、本堂を烏山小学校の前身となる温知学舎として使用された。
境内には江戸時代中期作と伝えられる釈迦涅槃石像をはじめとする石像がある。
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念仏堂薬師堂の南にあるのが烏山神社、創建年代は不詳だが、境内の手水鉢
には元文元年(1736)の紀年があるという。
白山御嶽神社と称していたが、昭和37年に天神社、神明社、稲荷社を合祀し、
烏山神社と改称した。
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烏山川はゆっくりと東へカーブする。
粕谷2丁目にあるゴルフ練習場の東側で、東側支流と西側支流の緑道は合流する。
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但し、昭和中期以前の地形図を見てみると、2つの支流はここでは合流せず、西
側支流は更に現在の蘆花恒春園の園内を流れ、その先の千歳清掃工場付近で
合流していたようだ。
恐らく、合流地点の東にある芦花中学校や蘆花恒春園の建設に伴い、当地で合
流させたのであろう。


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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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