神田川 4

環七を越え、次の上水橋の北側に東運寺(通称:釜寺)がある。
釜寺は。環七を通る都バスのバス停名にもなっているので、通称名の方が馴染み
深い。
130223_0187.jpg
本堂の屋根の上に大きな釜が乗っている。
その由来を、杉並区教育委員会による説明板から引用しよう。

戦国のころ、天正元年(1573)備前の僧一安上人が、安寿と厨子王の守り本尊
「身代わり地蔵尊」を奉じてこの地に来ました。これに帰依した方南の大地主鈴木
伊兵衛が屋敷を寄進して念仏堂としたのが、当寺の開創と、元禄14年(1701)
もと住職であった祐梵上人筆の由緒書は伝えています。
この「身代わり地蔵尊」は、山椒太夫に釜ゆでにされそうになった厨子王を、お坊
さんの姿になって助けたという言い伝えがあり、それにちなんで当寺本堂の屋根
に釜を置いたといわれます。



川は左にカーブし、杉並区から中野区へ入る。
それと同時に川にはU字溝が設置され、様相が変わる。
河川を管轄する都の建設事務所(第三)が変わるわけでもないので、区の意向が
反映されているのだろうか。
130223_0197.jpg

方南通りを越えると、右手に東京メトロ中野車両基地(丸ノ内線)が広がる。
1961年の方南支線開業とともに、発足した。
丸ノ内線だけでなく、銀座線車両の検査・修繕も担当しているので、運がよければ、
黄色い車両を見ることが出来る。
130223_0205.jpg

この車両基地は神田川に隣接されているため、
栄橋と和田見橋の間は右岸には道路は設置されていない。

その栄橋・和田見橋間で左側から善福寺川が合流する。
善福寺池を水源とし、杉並区を横断する延長10.5kmの河川だ。
以前は合流部に家屋があって合流部の写真は撮りづらかったが、家屋はコインパ
ーキングへと変わり、このように俯瞰できる写真が撮れるようになった。
130223_0213.jpg

中野富士見町駅脇の富士見橋。
中野富士見町・中野新橋間は川沿いの道は無く、近くの道路を進むことになる。
写真左下に見える白いコンクリートは、杉並区堀ノ内から流れる小沢川の合流口
跡だ。
現在は合流口は富士見橋手前に移設されている。
130302_0002.jpg

中野通りが架かる寿橋の南側に、京王バスの中野車庫がある。
130302_0006.jpg
河川沿い(暗渠を含めて)には、バスの車庫が意外と多い。
かつて川沿いには田畑や湿地が広がり、広い土地が確保できたことによるもの
だろう。
学校や団地なども同様の理由から河川沿いに多い。
ちなみに、神田川沿いには、下流にも都営バスの小滝橋車庫がある。

川沿いを歩けないので、時々、橋に立ち寄り、川の様子を観察する。
柳橋では川沿いに梅が綺麗に咲いていた。
130302_0008.jpg

中野新橋の街に差し掛かる。
かつて昭和40年代まで、この付近は花街として栄えたという。
今でも若手芸人が多く住む町として有名だ。
神田川に架かる中野新橋は、赤い欄干が特徴的だ。
2011年に架け替えられたが、赤い欄干のデザインは継承された。
(同時に橋名も「新橋」から「中野新橋」に改名された。)
130302_0010.jpg

橋詰の小公園には架替前の親柱に取り付けられていた青銅の擬宝珠が保存され
ていた。
130302_0013.jpg

中野新橋からは川沿いの遊歩道が復活する。
下流方向に都庁を中心とする西新宿の高層ビル群を望むことができる。
此処からの眺め、夜景もまた格別である。
130302_0018.jpg

向台小学校前に、神田川を1/1000スケールで表現したタイルがある。
子供達に神田川の興味を持たせるために作ったものだろう。
今までの、そしてこれから先の行程が判り、見ているだけで楽しい。
130302_0025.jpg

その先、二百メートルほどで山手通りが架かる長者橋に到着する。
2007年、首都高速中央環状線開通時に、橋の脇に中野長者橋ランプが設置され、
橋の名が知られるようになった。
130302_0032.jpg
その名は橋の北方、多宝山成願寺を開創した鈴木九郎の中野長者伝説に由来する。
鈴木九郎は悪行の末、富豪となり中野長者と呼ばれるまでになった。
しかしその報いのため、愛する一人娘が蛇の姿となり、十二社熊野神社の池に
入水して絶命したと伝えられる。
改心した九郎は仏門に帰依し、自宅を建て替え成願寺を建立した。

菖蒲橋の先で、南から和泉川神田川笹塚支流)が合流し、
その場所には大きな合流口を見ることができる。
和泉川は、杉並区和泉(代田橋駅の北方)を源とし、笹塚、幡ヶ谷の北部を通り、
ここで神田川と合流する暗渠である。
130302_0036.jpg

この付近で河川は北へと向きを変える。
青梅街道との交差する橋は淀橋
橋の東側で、近年、都道302号線(職安通り)が青梅街道と繋がった。
その周辺では開発も行われており、何年か先には風景も変わるかもしれない。
130302_0040.jpg
淀橋の名を冠する淀橋町と、大久保町、戸塚町、落合町が東京市に編入して、
1932年に淀橋区が発足、新宿区の前身となった。(1947年に淀橋区、四谷区、
牛込区が合併して新宿区が発足した)
ヨドバシカメラは、その淀橋から名をとったのであろう。
橋自体はあまり知られていなくとも、橋名だけは全国的に有名となってしまった。

こちらは江戸名所図会に描かれた淀橋、大橋、小橋と呼ばれた2つの橋が記さ
れ、青梅街道を行き交う多数の人々を見ることができる。
また、絵の下には水車も描かれており、この付近の賑わいを伺うことができる。
2つの橋があったということは、神田川が二筋に分かれていたのだろうか。
淀橋水車
江戸名所図会淀橋水車』    (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)


より大きな地図で 【川のプロムナード】神田川周辺マップ を表示

次へ 目次
 
スポンサーサイト

テーマ:東京 - ジャンル:地域情報

コメントの投稿

非公開コメント

ごあんない
目次
過去記事はこちらから。
水系ごとに体系化しています。

橋マップ
Google Mapを利用して、
橋の位置と写真を紹介します。
INDEX

Twitterボタン
Twitterブログパーツ
プロフィール

リバーサイド

Author:リバーサイド
善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
フォトアルバム
外部のサイトを利用して、フォトアルバム(スライドショー)を表示します。
以前のブログから引き継いでいます。

金太郎(杉並の暗渠)
神田川の桜 2008
善福寺川の桜 2008
目黒川の桜 2012
三島の湧水
リンク
QRコード
QR
検索フォーム
アクセスカウンター
おすすめ
リバーサードがお勧めする本