宇田川

渋谷川の支流、宇田川は渋谷区西原2丁目などを水源とし、初台川、河骨川など
を合流し、渋谷駅の北で渋谷川に注ぐ河川である。
現在では全区間が暗渠となっている。

西原2丁目にある国際協力機構(JICA)東京国際センターの庭園内にある
池や、隣接する製品評価技術基盤機構(NITE)の敷地内にその水源を見る
ことができる。
下の写真はJICA内の湧水池。(2010年訪問時に撮影)
ひっそりとした緑の中に滾々と湧き出ており、宇田川が開渠として流れ出ていた
当時の雰囲気を味わうことができる。
(対してNITE内の池は人工池のように整備されてしまっている)
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南側に位置する代々木大山公園を迂回して宇田川の水域へと向かう。
公園脇からは、10メートル以上はあると思われる谷へと下りていく。
この谷はかつては狼谷と呼ばれていた。
同様に代々木周辺には宇田川などの河川が作った谷が多くあり、代々木九十九谷
とも呼ばれていたという。
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直線的に続く道を南西へと辿っていく。
この道の下を下水道の宇田川幹線が通っている。
この辺りは昭和初期に宅地開発が行われ、直線的な道路が造られた。
今でも、静寂な住宅街が広がっている。
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もう一つの谷頭は代々木上原の南東、上原3丁目内にあったらしい。
水源と思われる谷の奥にはマンションが建てられてしまっているが、そこから
続く道路は代々木上原駅方向へと蛇行して進んでいく。
こちらも道路の両側は坂となって、谷形状の地形を実感できる。
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途中の道路脇の古い擁壁にあった排水口らしき痕跡、川に水を落としていた
のだろうか。
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2つの流れは小田急線の代々木上原駅の北側、西原児童遊園付近で合流する。
この児童遊園からは暗渠道が始まる。ようやく川跡らしき風景に出会ったと
いう感じだ。
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この辺りは、以前「底なし田んぼ」と呼ばれ、水田に入るには田下駄が必要
であったほどだったという。

西原児童遊園から始まる暗渠道は、代々木上原の北側を小田急線に沿って
東へと向かう。
駅付近では、近隣の方々の通路として利用されているようだ。
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家と家の間を縫うように、暗渠道は続いていく。
2014-03-14_20.jpg
この先、小田急線の線路にぶつかって暗渠道は終わるが、宇田川は小田急線
の南を流れ、代々木八幡駅で南東方向へと向きを変える。
駅東側の踏切付近では、北から流れてきた初台川と合流していた。

駅名ともなった代々木八幡宮は、駅北側の台地の上にある。
代々木八幡宮は建暦2年(1212)の創建、源頼家の側近、近藤三郎是茂の家来
であった荒井外記智明によって建立されたという。
頼家暗殺の後、智明は代々木の地に隠遁し、名も宗祐と改めて主君の菩提を弔
って暮らしていたが、ある夜、夢の中で八幡大神の託宣と宝珠の鏡を感得した。
これにより、小祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが始まりとされる。
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代々木八幡
江戸名所図会 代々木八幡宮  (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

境内には代々木八幡があり、石器時代住居が復原されている。
四千五百年ほど前の、石器時代中期を中心に栄えていたと考えられている。
昭和25年の発掘調査では、多数の遺物とともに、ロームを浅く掘りくぼめた
住居と、その中に掘られた柱穴を発見したという。
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幡ヶ谷丘陵の南方に突き出した半島の端に位置し、この前の低地は海の退きは
じめた沼のようなところだったと推定されている。
当時の古代人から見た風景はどのようなものだったのだろうか。

代々木八幡宮に隣接して天台宗福泉寺がある。
その位置関係からも判るように、八幡宮の別当寺であった。
創建は八幡宮と同じ建暦2年(1212)とされ、正保元年(1644)に浄土宗より
天台宗に改めた。
2014-03-14_33.jpg
上記の江戸名所図会にも、中央に「別当」として福泉寺が描かれている。

宇田川は代々木八幡駅の南から宇田川緑道という遊歩道に変わる。
遊歩道にはブロックが敷き詰められ、気持ちよく歩くことができる。
宇田川緑道の開始からすぐの場所で、支流の河骨川が左から合流する。
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車止めには「宇田川」の文字が掲げられている。
2014-03-14_135.jpg

緑道は渋谷へ向かって続いていくが、渋谷に近づくにつれ、人通りも多くなる。
2014-03-14_136.jpg

宇田川町へ入ると緑道は終わり一般道となるが、車道と歩道を分けるコンクリ
ートが暗渠の雰囲気をかもし出している。
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やがて、この道は宇田川交番付近で井の頭通りに合流する。
そして宇田川は西武百貨店のA館とB館の間を通り抜ける。
宇田川が暗渠として流れているために、A館とB館を結ぶ地下通路を造れなか
ったというのは有名な話である。
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JR線のガードを潜り、宮下公園に沿って北から流れている渋谷川と合流する。
現在、渋谷川との合流地点はバイクの駐輪場となっている。
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かつて宇田川は現在の宇田川交番辺りから南西へと進み、ハチ公前交差点を流れ
宮益橋脇(JR線ガード付近)で渋谷川に合流していた。
渋谷付近の浸水対策のため、昭和初期、現在のルートに付け加えられた。
センター街から井の頭通りへと向かう道は、緩やかな坂となっており、旧水路が
南側を流れていたことが納得できる。
現在、ハチ公前交差点は海外にも紹介されるほどの日本のビューポイントとなっ
ているが、宇田川が開渠のまま現存していたら、また違った光景があったかもし
れない。

《参考文献》
『「春の小川」はなぜ消えたか』 田原光泰著 (之潮 刊)


より大きな地図で 【川のプロムナード】渋谷川・古川周辺マップ を表示

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待ってましたぁ

待ってましたぁ ご苦労様です。
JACAの場所ががメインの水源でしょうが
他の水源の一つに、大山町のユニクロ社長の屋敷内というのがありますね。
大きな塀に阻まれて 中は窺えませんでしたが。

Re: 待ってましたぁ

お待たせしました(笑)

参考文献として取り上げた『「春の小川」はなぜ消えたか』には、以下のように書かれています。

現在では、渋谷区西原1丁目の池を水源とする1つのルートが本流として扱われているが、かつては一つの小川だけをとりあげて本流とみなすことはなかったようである。

宇田川は代々木九十九谷に流れていたいくつもの小川の結集なんだと思います。
川歩きガイドという性格上、その全てを取り上げることはしませんが、この後も河骨川などを取り上げていきますので、ご覧ください。

No title

近いのでJICAの池から渋谷川の合流地点まで、2度歩きました。初めはJICAの池が判らず、近くを歩いていた方にお聞きすると、連れて行ってくれました。ここでお礼を申し上げます。
散歩には丁度良い距離でした。ありがとうございました。

Re: No title

> 白亜の恐竜さん
JICAの池、都内とは思えないような場所で、とてもいい雰囲気ですよね。

これからは暑くなって散歩もままならない季節になりますが、充分注意してお楽しみくださいね。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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