柴崎分水 1

柴崎分水は元文2年(1737)開削された分水で、現在の立川市南部にあたる柴崎
村の生活用水、農業用水として使用された。
立川分水もしくは柴崎村分水として呼ばれることもある。
tokyoriverさんも5回にわたって柴崎分水を取り上げているので、併せてご覧頂
きたい。

西武拝島線の西武立川駅から歩くこと数分、玉川上水に架かる松中橋の上流側に
柴崎分水の取水口はある。
写真は松中橋から上流方向を撮影したもの、取水口は柴崎分水と砂川分水の2つ
が並んで設置しており、上流側(写真奥)の取水口が柴崎分水のものだ。
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柴崎分水は南東方向へと流れ進む。
水路を流れる水は清らかであり、水流をみながら歩くのは気持ちいい。
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しばらく行くとコンクリート護岸は無くなり、道路脇の草叢の中を流れていく
形となる。
隣接する家屋の洗い場も確認することができる。
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さらに水流が続く柴崎分水、のどかな雰囲気でここが都内であることを忘れて
しまう。
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東文化通りに達すると開渠は終わり、その先、ドラッグストアの脇を歩行者用通路
の暗渠となる。
その通路の入り口にはクジラが描かれたマンホールがあり、意表をつかれたが、
どうやら昭島市のシンボル的キャラクターのようである。
昭和36年(1961)、市内のJR八高線多摩川橋梁付近で約160万年前のクジラ
の化石がほぼ完全な形で発見された。
化石の全長は16メートル、「アキシマクジラ」と命名された。
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その歩行者道の暗渠は150メートルほどで終わり、その先は立川飛行場跡地
に入ってしまう。
跡地は立ち入り禁止なので、残念ながら分水の流路を追うことはできない。
そのため、跡地の東側に流れる残堀川沿いに迂回する。
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玉川上水の項でも触れたが、残堀川は江戸期以前は東の立川断層沿いを流れ
ていた。その後、玉川上水の助水としての流路変更を経て、現在のこの位置を
流れるようになったのは、明治41年のことである。
それ故、柴崎分水の方が残堀川より古いことになる。
松風橋近くの川沿いにある説明板にも「土地の微妙な高低差を利用して引かれ
た柴崎分水を参考にして、新しい残堀川を掘ったものと考えられる」と記載されて
いる。

また、残堀川を見ると水が流れていない。
かつてはしばしば氾濫していた残堀川だが、杜撰な河川改修工事の結果、礫層
まで掘り下げてしまったため伏流しやすくなった結果、瀬切れを起こしてしまった
というのが有力な説のようだ。

残堀川の左岸を歩き、玉川上水口から国営昭和記念公園に入る。
昭和記念公園は昭和天皇御在位五十年記念事業として、米軍から返還された
立川基地跡地に昭和58年に開園した公園だ。

入口を入って残堀川沿いの散歩道を歩いていく。
数百メートルほど行くと、コンクリートの構造物が現れ、その先には鉄網状の
溝蓋(グレーチング)が続く。
溝蓋の中を覗くと清らかな水が流れており、柴崎分水の水流であることが判る。
2014-02-01_46.jpg
先ほど暗渠が途切れた地点からここまでのルートは不明だが、先ほどの松風橋
付近の説明板に書かれた地図を考慮すると分水は残堀川の下を潜ってきたよう
に考えられる。

残堀川の左岸に沿って公園内を柴崎分水は進むが、その殆どがグレーチングに
より蓋をされている。
うのはな橋の下流付近、100mほどの区間だけは柴崎分水が顔を見せ、水路
沿いには柴崎分水に関する簡易な説明掲示もされている。
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せっかくの公園内なので、もっと親水性を高めて用水を見せてほしいところで
あるが、残念だ。

公園の南端に近づくとグレーチングの水路も終わり、完全な暗渠となってしまう。
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公園を出ても暗渠が続くが、JR青梅線と交差する部分だけは水が流れている
ことを確認できる。
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その先、水路はいったん東進し、道路下を流れる。
このエリアは青梅線の本線と、中央線からの下り連絡線に囲まれた地である。
写真奥に見える信号の交差点で、柴崎分水は2本に分かれていた。
北側の水路はこの道を真っ直ぐと進み、南側の水路は交差点から南進する。
北側水路には殆ど痕跡は見られず、水は南側水路を流れていくので、この先
は南側水路を追っていくことにする。
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連絡線の踏切を過ぎ更に歩いていくと、道路の右側にコンクリート暗渠が出現する。
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奥多摩街道に達すると、柴崎分水はようやく開渠となり、奥多摩街道に沿って
三百メートルほど流れていく。
道路沿いに流れるとは言っても、開渠になったり暗渠になったり、道路の右側
を流れていると思うと左側を移ったりして、また時には道路沿いから十メート
ルほど離れた民家の敷地内を流れていく。
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道路沿いの私有地には分水から引き込んだ池があった。
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その後、向きを北東へと変え富士見町の住宅街へと入っていく。
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百メートルほどは道沿いを流れるが、その先は民家の裏手に入ってしまい、水
路を追うことは困難になり、迂回を強いられる。
2014-02-01_104.jpg

再び東へ向きを変え、JR中央線の線路の西側に出た後は線路沿いを南へ暗渠
となって進んでいく。
その先、用水は水路橋で中央線を超える。
柴崎用水を象徴する有名なポイントである。
水路より後に鉄道が敷かれ、また立川~日野間で多摩川を越えるために段丘を
切り通しで下ざるをえなかった結果であろう。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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