神田川 2

久我山駅を過ぎて人見街道を渡ると、左手に井の頭線の富士見ヶ丘車庫が見えて
くる。
井の頭線の車庫は以前は永福町にあったが、昭和45年にこちらに移転された。
永福町の車庫跡は、今はバスの車庫となっている。
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この付近は初夏にはホタルが放され、イベントが行われる。
右手は崖になっており、その上には杉並区の久我山運動場がある。
以前は大蔵省印刷局のグラウンドだったが、杉並区が借り受けた。
その南側の旧NHKグラウンドを含めて、現在、東京都による(仮称)高井戸公園
の整備計画がある。

遊歩道沿いにあった魚と戯れる幼児の銅像。
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富士見ヶ丘の南側の住宅街を神田川は進む。
川沿いの柵には、以前はパンダや魚などの絵が描かれていたが、いつしか緑に
塗り替えられていた。
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神田川沿いの所々に里程標がある。
水源からと隅田川からの距離が記載されている。
水源から3キロ歩いていたことが判る。
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こちらは杉並区による神田川流域案内板。
神田川に関する記事や昔の神田川の写真、また神田川に棲息する動植物の案内
などが記載され、結構楽しめる。
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高井戸に近づくと、都営の高井戸西住宅が見えてくる。
以前は古びた低層住宅が立ち並んでいたが、新しく建て替えられて、周囲の道路
とともに綺麗になった。
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環八が架かる佃橋の手前で、水流が合流する。
神田川の南、七百メートルほどの中央高速下に流れる玉川上水からの水である。
玉川上水の清流復活事業として、東大和市付近で下水処理水が放水され、富士
見ヶ丘の南で暗渠となった後、環八の下を経由して、ここで神田川に合流している。
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環八の先、数百メートルほど桜並木が続く。
駅から至近距離ということもあり、桜の季節には賑わう。
下は、08年春に撮影した写真だが、提灯なども設置されている。
並走する井の頭線の車窓からも眺めることができる。
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正用下橋の手前にある壁画。
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今まで、井の頭線と付かず離れずで流れてきたが、
これから先は数百メートルほど離れて流れる。
公園やグラウンドが点在し、ますます緑が多くなる。
以前は浜田山の南側に、興銀、三井、新日鉄といった企業のグラウンドがあったが、
公園(柏の宮公園)やマンションに変わってしまった。
既に消滅した企業もあるが、社員の福利厚生の考え方も違ってきたのだろうか。

そのような中にあるのが乙女橋、きれいな橋名であるが、元々は「お留橋」と称した。
この付近は徳川家御三卿の鷹場で、お留め場と言われていた。
お留め場では、農耕や建築など日常の生活に厳しい制限があったという。
慶応3年(1868)に鷹狩りが廃止された後、乙女の字があてられた。
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こちらは塚山橋、都内の中小河川には珍しい石橋である。
竣工年月は記していなかったので判らないが、趣きのある橋だ。
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その塚山橋の右岸には塚山公園が広がる。
ここには塚山遺跡があり、園内には復元した古代住居がある。
説明板には、縄文時代中期(約3500~4500年前)の住居跡20軒が発見され、
環状集落であることが判ったとある。
縄文時代の神田川の眺めは、どのようなものだったのだろうか。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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