石神井川 1

石神井川は小平市に端を発し、西東京市、練馬区、板橋区、北区を経て、
隅田川へ合流する延長25.2kmの河川である。
石神井村を流れていたことに由来するが、その「石神井」は井戸を掘ったと
ころ、石神が出たのでこれを崇め、その井戸にちなんで石神井となったと伝
えられている。(一説には三宝寺池から出たとも言われている。)

現在、小金井公園の北、公園北橋が上流端とされているが、かつてはさらに
西の小平市鈴木町付近が源流であったという。
今回はその鈴木町付近の源流付近までは追わないが、
関心がある方はtokyoriverさんが探索し、詳細に書かれているので参照
されたい。

とはいえ、武蔵小金井から小金井街道を北上したので、その付近については
確認してみた。
武蔵小金井方面から行くと、小金井街道は小金井公園の西門辺りから緩やかな
下り坂となっており、V字状の谷を越える。
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その谷が石神井川の跡であるが、道路の左右は小金井カントリー倶楽部
敷地となっており、遠方から眺めるだけとなってしまう。
なお、小金井カントリー倶楽部は、昭和12年(1937)開業とゴルフ場の中でも
古参の部類に入る名門ゴルフ場である。

ゴルフ場を迂回し、石神井川を最初に確認できるのは、ゴルフ場と嘉悦大学の
間の花小金井南町2丁目付近である。
そこからはコンクリート蓋の暗渠が数百メートルほど続く。
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ゴルフ場敷地の東端、公園東橋の脇に石神井川上流端の標識があり、ここが
現在の公式の上流端とされている。
ここからは石神井川は開渠となり、三面コンクリート張りの梯子状開渠が
小金井公園の北側に沿って続くが、残念ながら水の流れは確認できない。
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かつては生活排水が流れていたようだが、現在は周囲の雨水を集めてながれる
だけなのだろう。
都内を西から東へと横断する中小河川としては他に神田川があるが、神田川は
上流に湧水池(井の頭池)を持つため最初から水が流れているが、こちらは
上流端に湧水池を持たない。(ただし途中には富士見池や三宝池・石神井池が
ある)
その点が石神井川と神田川との大きな違いである。

小金井公園内から出てきた箇所。
131201_020.jpg

その先で多摩湖自転車道と交差する。
村山・山口貯水池(多摩湖・狭山湖)から境浄水場への水道管の上に設置され
た自転車道である。調べてみると、「東京都道253号保谷狭山自然公園自転車道
線」という正式な都道であるらしい。
自転車道を多くの自転車が行き交い、またジョギングや散歩をする人々が往来
する。
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上の写真の自転車道脇の築堤は、この辺りが石神井川による窪地で低くなって
いるために、盛土をして導水するように造られたもので、「馬の背」と称して
いるようだ、

その馬の背から見下ろした石神井川、川はこの後、住宅と住宅の間を通り抜け
ていくことになる。
131201_028.jpg

ところどころで排水口から水が川に流れ出しているが、川としての流れを形成
するほどのものではなく、数十メートルほどで川底に浸透してしまう。
(季節や天候により、水流の状況は左右されると思われる)
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庚申橋の先、右側の向台運動場は調節池となっている。
流れがないのに調節池とは滑稽に感じるが、随所に排水口があり豪雨時には、
石神井川に雨水が集中してしまうのだろう。
また上流付近は川幅も狭く、溢水の危険も高まっていると思われる。
131201_038.jpg

田無駅の南側の住宅地を蛇行しながら、東へと進んでいく。
131201_046.jpg

こちらは田無の東側にある石神井川南町調節池、1万2千立方メートルという
広大なもので、平時は柳沢児童広場として一般開放されている。
西武新宿線の西武柳沢・田無間の車窓からも見えるので、ご存知の方も多い
かもしれない。
131201_065.jpg

青梅街道と交差する地点の手前付近から、ようやく水の流れが確認できた。
それとともに、この辺りから川幅が広くなる。
131201_075.jpg

青梅街道の北を進むと、その先の左手に赤い大きな鳥居が見えてくる。
東伏見稲荷神社である。
131201_085.jpg
京都の伏見稲荷神社の分祀として勧請され、その創建も昭和4年(1929)
と比較的新しい。
東伏見という神社名は京都伏見から東に遷した神社という意味で命名され、
西武線の上保谷駅も東伏見駅へと改称された。

東伏見橋を過ぎると水流は多くなり、ようやく河川らしくなる。
川沿いには遊歩道が設置され、また川の北側には早稲田大学のグラウンド
が広がる。
西武鉄道は大正14年(1925)上保谷の開発計画として、早稲田大学に対
して所有していた土地の寄付の申し出をし、大学はこの地に総合運動場を
造った。
131201_096.jpg

川の右岸は崖地となっており、下野谷橋南側の台地の上には、下野谷遺跡
公園
がある。
下野谷遺跡は、旧石器時代からの遺跡が発掘され、特に縄文時代中期(約
5000~4000年前)には、住居が広場を囲んで輪の形に並ぶムラ(現状集落)
が複数あったと考えられており、その規模や内容は関東地方でも屈指のもの
という。
公園内には竪穴式住居の骨格復元が展示されている。
131201_109.jpg

川は左へとカーブするが、その左岸には武蔵関公園が広がる。
武蔵関公園内には富士見池という21,000㎡の南北に細長い池があり、貸ボート
施設もある。
131201_119.jpg
古くは関の溜め井と呼ばれ、武蔵野台地特有の自然湧水による池だった。
大正時代には遊具・ボート場などが整備された若宮遊園と呼ばれる遊園地で
あった。
昭和13年(1938 )西武鉄道と武蔵関公園建設協賛会から、公園地として寄付
され、 東京市(当時)の公園となった。
なお、公園南側には石神井川からの取り入れ口もあり、洪水時の調節池として
の役割も担う。
131201_122.jpg

公園を過ぎると石神井川は西武新宿線に沿って流れ、川沿いには桜並木が続く。
武蔵関駅の手前で石神井川は西武線と交差し、北東へと向きを変える。
131201_130.jpg


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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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