野川 3

人見街道の御狩野橋(みかりのばし)のすぐ下流に、旧道の相曽浦橋(あいそ
うらばし)がある。
この相曽浦橋と下流にある飛橋との間、左右両岸に注目スポットがある。

まず、右岸から。しんぐるまと称する水車公開施設がある。
水車経営農家の峰岸家が代々受け継いできたのもので、文化5年(1808)頃に創
設され、昭和43年(1968)年に野川の改修により水車は停止した。
平成21年に復元され、有形民俗文化財の指定を受けるとともに、機械遺産の
認定も受けている。
直径4.6m幅97cmの水車は圧巻で、精米・製粉に使われていたという。
見学料100円が必要だが、説明員の方がついて巡ることができる。
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川沿いの遊歩道にも、休憩所脇に水車のレプリカが設置されている。
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対岸には大沢の里と呼ばれる水田風景が広がる。
野川周辺でも昭和30年代から都市化が進み、野川も生活排水で汚染された。
これを憂いた地元住民の方々により、ホタルが復活する活動が始まり、現在のよ
うな自然に恵まれたエリアとなっている。
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水田の上には国分寺崖線からの湧水を利用したワサビ田が数年前にはあった。
今回、改めて訪問したら、一部を除いてワサビ田はなくなっていた。
田んぼで作業に従事している方にお話を聞いたら、栽培している方がご高齢と
なり、やめてしまったとのこと。なんらかの形で復活を願いたい。

その崖線には出山横穴墓群があり、発掘調査や地下レーダ探査によって10基
の横穴墓がこの付近に分布していることがわかった。
大沢の里の横の階段を上っていくと、その中の1つ、8号基が保存公開されて
いる。(写真の人骨はレプリカ)
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横穴墓とは古墳時代の後半(5世紀末頃)から、奈良・平安時代に造られた墓
で、南九州から東北南部に広く分布している。
丘陵の斜面や崖を横に掘って埋葬し、数多くの墓がまとまり、横穴墓群と呼ば
れている。
この8号基には40代と30代の男性、20代の女性、および8歳の子供の人骨
が埋葬されている。
埋葬品の須恵器は7世紀に焼かれたもので、墓が造られたのは同時期だと考
えられる。(説明板の文章を要約)

野水橋の手前、右岸に野川大沢調節池がある。
調節容量は9万立方メートル、平成14年に造られた。
平常時にはテニスコートや野球・サッカーのグラウンドとして利用されている。
調節池の向こうには、調布飛行場の管制塔が見える。
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三鷹市大沢地区を流れていく野川、河川敷は草木が生い茂っている。
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八幡橋から左へ数十メートル行くと、古八幡社がある、
ここは、人見街道沿い(東八道路との交差点北側)にある大沢八幡の創建の地
であり、応神天皇を祭神とする。
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カワセミが川魚を狙っていた。(写真はトリミング済)
川を歩きながらカワセミを探すことは難しいが、カメラを向けている写真家の
方々がいる場合が多いので、その方々を頼りに見つけることができる。
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武蔵境通りが架かる御塔坂橋から調布市に入り、その先で中央自動車道と交
差する。
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その先、又住橋を左手に150mほどいくと虎狛神社が鎮座する。(又住橋の下
流側の橋は虎狛橋と称する。)
崇峻天皇2年(589)、大歳御祖神を祭神として勧請されたという古社である。
延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳にも武蔵国多摩郡八座の1つと
して記されているという。
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589年というと、聖徳太子が皇太子に即位する数年前、そのような古社が、この
地にひっそりと建つことに驚くとともに、その創建年代に首を傾げたくもなる。

三鷹通りの榎橋手前から、右岸に再び旧野川の緑道が出現する。
そして、その三鷹通りの交差地点には、旧榎橋の石橋欄干が残されている。
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その先、一の橋と大橋の中間には逆川が、細田橋の橋脇ではマセ口川(ませぐ
ちがわ)が左岸から合流する。
逆川は深大寺周辺から、マセ口川は都立農業高校神代農場を水源とし、野川
に流れこむ、共に1km強の小河川である。

逆川合流口
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マセ口川合流口
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甲州街道の手前、右岸に調布市立第七中があり、その敷地内に京王線旧軌道
跡の碑
がある。
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京王線の笹塚 ・調布間が開通(当時は京王電気軌道)したのは、大正2年
(1910)である。
当時は下仙川駅(現仙川)を出て、現キューピー工場横から北側へと分かれ、
甲州街道へ出て併用軌道となった後、旧金子駅(現つつじヶ丘駅・・・野川支流
の入間川との交差している滝坂下付近)で更に北側へと進んでいた。
昭和2年(1927)に甲州街道の南の現路線に移設されている。

その中学校から右へカーブすると、甲州街道が見えてくる。
左岸にあるバッティングセンターから、打球音が聞こえてくる。
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その先、京王線の鉄橋が見えてくる。
新宿方面から来た電車は、野川を渡ると地下へと潜り、柴崎ー調布間の地下
区間へと入っていく。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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