田村分水

玉川上水の上流部、宮本橋と宿橋の間、右岸に田村酒造場の敷地が広がる。
その宿橋の上流数十メートルにあるのが、今回紹介する田村分水福生分水
の取水口である。
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田村酒造は代々福生村の名主であった田村家の九代目勘次郎が文政5年(1822)
創業したものである。
酒造業の創業にあたり、勘次郎は敷地内各所で井戸の試堀を行った結果、ついに
奥多摩伏流水を突き当て、「嘉泉」という酒銘で酒造りを始めたという。

田村分水は、田村家が慶応3年(1867)、分水開設の願い出を出し、水車により、
精米・製粉などを行うようになった。明治・大正期には水車によりタービンを回し、
自家発電していたともいう。
田村酒造を出た分水は、この地の農業用水・生活用水としても使用されていた。
なお、田村分水は個人分水であり、大名屋敷に流れるものを除いては、個人分水
は、この田村分水と源五右衛門分水だけという珍しいものである。

田村酒造内の分水。この上流側には流れは確認できなかったので、現在は暗渠
となっているのだろうか。
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田村酒造を出た直後、分水は南側に流れていく。
分水脇には洗い場を確認することができ、田村分水を紹介する時によく使用される
地である。
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その後、分水は個人宅や畑の間を抜けていくように流れていく。
130714_032.jpg

都道に差し掛かる手前に上車(かみっくるま)水車跡の説明板がある。
その説明板によると分水には上車、中車、下車のほか共同水車も設置されていたが、
現在は跡形もないという。
ここにあった水車は1.5mほどの落差を利用した胸掛水車で、昭和15年頃まで米や
麦をつくのに利用されていた。
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開渠として田村分水を確認できるのはこの上車水車跡まで。その後は暗渠となって
しまう。
その後はしばらく郷土資料室で頂いた観光マップに記載されている水路を辿ること
になる。

その観光マップによると、分水は多摩川の土手の北側を流れているようだ。
写真左手の窪地あたりがかつての流路であろうか。
土手の上の通路は、サイクリングを楽しむ自転車と行き交う。
130714_043.jpg

その先、一般道が土手の左側に続く。
観光マップでは。この道路の左手の住宅地に分水が通っているように記載されて
いるが、痕跡は確認できない。
130714_045.jpg

五日市街道が多摩川に架かる多摩橋の先で、多摩川中央公園の水路に放流されて
いる。
土手下の放流口には「この水路は田村分水の水を利用している」との旨の掲示
がある。
130714_052.jpg

いかにも公園内の人工水路という感じで、本来の水路であるかは疑わしい。
しかしここ以外に痕跡はないようなので、この水路を辿っていくことにする。
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途中、牛浜石浜渡津跡の碑が水路沿いにある。
ここは、かつて五日市街道が多摩川を渡る渡し場だった。
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そしてここにある説明文によると、ここは南北朝時代に足利尊氏が再起した
石浜の地の跡であるという。(但し、石浜の地には諸説あり、一般的には荒
川区の隅田川沿いにあった石浜城跡とされているらしい)
観応3年(1352)、足利尊氏は人見原(府中市)、金井原(小金井市)で新田
勢と対戦し、苦戦を強いられ石浜に逃れた。
尊氏は石浜で軍勢を立て直し、小手差原(所沢市)、入間河原(狭山市)で次々
と新田勢を打ち破った。
地理的に見ると、隅田川沿いよりもこちらの方が納得がいく。

水路では子供たちが水浴びやザリガニ採りなどに興じていた。
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ホタルの養殖地を経た後、水路は多摩川方向へ向きを転じる。
130714_073.jpg

用水はJR五日市線の手前で多摩川に合流する。
水路は、手前で葦の中に入っていくため、残念ながら多摩川との合流地点は確
認できなかった。
(なお、以前の田村分水は鉄橋の先で多摩川に合流していたらしい)
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No title

はいさい リバーサイドさん
田村分水の記事を待ち焦がれていました。
予定より早くアップされたので感謝しております。
酒蔵からの その後の様子がわかり、田村酒造と分水に関して一件落着、の気分です。
ありがとうございました。

Re: No title

> awagaduさん

ありがとうございます。
そして、お待たせしてすみませんでした。

田村分水は酒造を含む500メートルほどの区間
(上車水車跡まで)がポイントですね。
再訪する機会があったら、そこだけでも辿ってみてください。

いろいろ教え下さるようにお願い致します

 お訪ね頂き有り難うございました。
 ブログを拝見し、これぞ手本と、感激しました。
 目次、橋マップとお教え頂きたいことばかりです。
 狭山丘陵南麓の小さなまちの歴史とまちの姿をまとめようと取り組んでいます。
 サイトマップの作り方、地図の入れ方などいろいろお教え頂きたく、この欄に書かせて頂きました、よろしくお願い致します。

Re: いろいろ教え下さるようにお願い致します

> 野火止用水さん
コメントありがとうございます。

東大和のブログ、玉川上水や野火止用水の話題など楽しませていただきました。
今後、残堀川の支流およびその周辺の史跡などを訪れることも計画していますので、参考にさせていただければと思います。

サイトマップ(目次)については、「目次」として1つの記事を作成し、各記事へのリンクを貼っているだけです。
もちろん、お尋ね頂く方のために作成したものですが、自分の記事の管理のためでもあります。

地図については、橋マップおよび各記事にGoogleMapを挿入しています。
GoogleMapのマイマップ機能を利用して作成し、「自分のサイトに埋め込む」というメニューからiframe文を記事にコピーしています。
ただ、最近、GoogleMapが変わって単純なコピーではあまりうまくいきません。

「自分のサイトを埋め込む」では下記のURLを取得できますが、
https://www.google.com/maps/d/embed?mid=地図コード
中心座標および拡大縮小レベルを設定するための「&ll=緯度,経度&z=表示縮尺レベル」を追加する必要があります。
(緯度経度は、GoogleMapの通常の状態(マイマップにしない)でURLから取得可能です)
また画像のサイズを width、heightで指定する必要もあります。
iframe文の例:
iframe src="https://www.google.com/maps/d/embed?mid=zY-oSq4tinCc.kXQ2d9FFV7X4&ll=35.7380087,139.3844834&z=14"width="425" height="350"

ちょっと難しいですが、ご参考になれば幸いです。

有り難うございました

 カテゴリーで3位以下が分類できないか、苦労していました。目次方法があること、グーグルマップの挿入方法、をお教え頂き、目が開かれました。有り難うございました。難しいですが取り組んでみます。
 
 野火止用水の分岐点、清流復活の仕組みなど、お調べの際は声をおかけ下さい。お役に立てればと思います。
 
 これからもよろしくご指導のほどお願い致します。
ごあんない
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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