善福寺川 2

環八を渡っても善福寺川沿いの遊歩道は更に続いていく。
但しこの付近の川沿いの道は極端に狭く、すれ違うのにも避ける必要があるほどだ。
荻窪駅に至近で便利なため、川沿い直前まで住宅を建ててしまった結果だろうか。
その中でも写真にあるように、桜の樹が遊歩道を遮る場所(樹の裏に迂回路あり)
さえある。
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春日橋付近まで来ると、左岸はいわゆる荻窪の邸宅街となる。(現在は低層
マンションに変わった箇所もあるが)
そんな邸宅街を象徴する3つの施設を紹介しよう。

春日橋から百メートルほど行ったところに、近衛文麿元首相の旧邸、荻外荘
(てきがいそう)がある。
近衛文麿は戦前の内閣総理大臣であり、近衛はこの地に惚れこみ、大正天皇
の侍医頭だった入澤達吉から購入した。
日米開戦前に東条英機や松岡洋右ら要人と会談するなど単なる私邸としてで
はなく、政治の場としても使用された。
戦後、近衛は戦犯となったが、出頭直前にこの地で服毒自殺をする。
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現在、杉並区が買い取り公開に向けて整備をおこなっている。
南側の一部は、2015年、荻外荘公園(仮称)としてオープンした。

さらに春日橋からの坂道を上り、更に下ったところに大田黒公園がある。
戦後に活躍した音楽評論家大田黒元雄の私邸を遺族から寄贈され、近隣の土地
を含めて杉並区が日本庭園として整備し、昭和56年(1981)に開園した。
園内は回遊式庭園となっており、煉瓦造りの洋館には氏愛用のピアノや蓄音機が
保存されている。
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11月下旬~12月初旬の紅葉の時期には、ライトアップも行われ、憩いの場
として近隣住民に親しまれている。

もう1つ、この近隣には平成21年(2009)開園の角川庭園がある。
角川書店の創始者、角川源義の旧宅で、大田黒公園に比べれば狭いが、
近代数奇屋造の邸宅は展示室、詩歌室、茶室として利用されている。
国の登録有形文化財にも登録されている。
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善福寺川に話を戻そう。
松見橋の下流にコンクリートの河床がある排水口がある。
善福寺川最大の支流、松庵川の合流地点である。
松庵川は西荻窪付近を水源として、杉並区松庵や宮前を経由して、ここに至る
5kmほどの支流である。
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左岸に広がる団地群は、荻窪団地。
昭和33年(1958)に竣工、21棟から構成される公団住宅としては初期の団地
であったが、最近建て替えられて、シャレール荻窪として生まれ変わった。
かつて荻窪団地周辺は西田田んぼと呼ばれる田園地帯が広がっていた
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この辺りから、天保新堀用水が分水していた。
(今は護岸が整備され、その痕跡を見ることはできない)
天保の大飢饉を契機に、水不足で困っていた旧桃園川流域へ善福寺川の水を
分水する用水路を開削した。一部区間はトンネルを掘るという難工事もあり、また
カワウソにより土手を崩され、ルートを変更を強いられたという逸話も残っている。

神通橋から善福寺川緑地公園に入る。
下流に続く和田堀公園とあわせると、武蔵野橋まで4.2km、川沿いに公園が
続く。
川沿いの大きな公園というのは、都内の他の河川にも多く見られるが、このよう
に長い距離で公園が続くというのは、都内では他に例を見ない。
善福寺川の特徴でもある。
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公園に入り数百メートルいった左岸のなかよし広場(写真左)では、調整池設置
の工事が始まっている。
平成28年までというから、かなり大規模な工事である。

公園の両岸に緑が続く。
散歩やジョギングする人、また公園で遊ぶ子供達と、休日になると近隣住民の
憩いの場となる。
善福寺川緑地公園の両脇には、あげ堀(用水路)の暗渠が続くが、この公園も
かつては田園だったことがうかがえる。
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善福寺川は成田西の舌状台地に阻まれ、北へ大きく蛇行する。
その蛇行の北の頂点にある天王橋を渡る杉並のコミュニティバスすぎ丸
阿佐ヶ谷と浜田山を結ぶ路線である。
この付近はJR中央線と京王井の頭線の中間地点に位置するため、駅からは
バスを利用すると便利だ。
(他に五日市街道を走る関東バス(中野~吉祥寺)もある。)
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その舌状台地の上には尾崎熊野神社がある。
旧成宗村字尾崎の鎮守で、、鎌倉末期に鎌倉から移住してきた武士が、
崇敬する紀州の熊野権現をこの地へ勧請したのに基づくと言われている。
境内にある神木のクロマツは樹齢約400年といわれ、杉並区指定天然
記念物にも指定されている。
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五日市街道が交差する橋が尾崎橋
尾崎熊野神社にも称された尾崎とは、「小さな崎」という意味で、舌状
台地の突端部を意味する。
また「源頼義が奥州征伐のため当地を通過した際、 源氏の白幡のような
瑞雲(吉兆を示す雲)があらわれ、 これが因縁で大宮八幡宮を勧請する
ことになったが、その白幡の見えたあたりを白幡、 尾のあたりを尾崎と
名付けた」との伝説もある。
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この付近の川沿いの桜は、都内でも桜の名所に取り上げられるほどの地で、
桜の季節には多くの人々が訪れる。
また冬季には谷地形の川にもかかわらず、橋の上から五日市街道の西方向に
僅かに富士山の山頂部が顔を出す。

尾崎橋の右岸、五日市街道を100mほど行くと、右に曹洞宗の白龍山宝昌寺
がある。
文禄3年(1594)頃、中野成願寺五世葉山宗朔によって開創された。
曹洞宗となる前は、真言宗の寺であったという。
江戸時代、宝昌寺は成宗村の檀那寺として村民の信仰の拠りどころであり、
また村内の熊野神社・須賀神社・白山神社の管理をする別当寺でもあった。
安政3年(1856)火災のため本堂を焼失、現在の本堂は大正10年(1921)に
建立したものである。
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五日市街道を過ぎても緑地公園は更に続く。
小刻みに蛇行する川の形状も美しい。
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成田下橋の右岸には杉並区立児童交通公園がある。
昭和47年開園で園内には子供達が交通ルールを学べるように自転車
コースが張り巡らされ、またD51型蒸気機関車も保存・設置されて
いる。
自転車や足踏式ゴーカートの貸し出しがあり、休日には多くの親子連
れで賑わう。
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白山前橋の北側には成宗白山神社がある。
旧成宗村字白幡(白幡の由来については前述)の鎮守で、創建年代は
不詳だが、大宮八幡宮とほぼ同年代に創建されたといわれる。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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