善福寺川 1

善福寺川は、善福寺池に発し杉並区をほぼ横断するように流れ、東京メトロ中
野車庫付近で神田川に合流する10.5kmの神田川の支流である。
典型的な都市河川だが、途中、善福寺川緑地・和田堀公園といった公園が続く
のが特徴である。

善福寺川の始まりは杉並区善福寺2丁目・3丁目に跨る都立善福寺公園内の
福寺池
(道路を挟んで上池・下池がある)である。
その上池の一画に遅野井という湧水がある。
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遅野井の由来は付近の説明板に寄ると、以下の通りである。
源頼朝が奥州征討のためこの地に宿し八幡宮に誓願、征討後、帰途にこの地に
戻った際、おりからの干ばつで軍勢は渇きに苦しんだ。
頼朝は弁財天に祈り、自ら弓で7ヶ所掘ったが、軍勢は渇きのあまり、水が湧
き出るのが遅い、遅の井といった。
その時、7ヶ所に水が出て軍勢は渇きを癒したという。

遅野井を湧水と称したが、正確には湧水跡である。
残念ながら湧水は枯れ、神田川水源のお茶の水同様、現在の遅野井は地下水の
汲み上げによりかつての湧水を再現したものだ。
数年前、水が止まって地震の前兆かとも騒がれたが、ポンプの故障と判明した
ということがあった。

上池にはボートの貸し出しもあり、近隣住民の憩いの場として親しまれている。
池がある都立公園ということでは、神田川の井の頭池と同様であるが、駅から
離れており、井の頭池ほど有名ではないという点で、井の頭公園ほどの人出は
無く、落ち着きが感じられる地である。
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道路を挟んで下池は、上池とは異なり葦が生い茂っており、カワセミなどの野
鳥も見ることができる。
スイレンもあって、五月ごろにはピンクの花を咲かせてくれる。
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池の周囲は崖地となっているが、下池の南側にも湧水があり、池に水が流れ込
んでいる。
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池から善福寺川に流れ出る場所で、暗渠から出てくる水流を見ることが出来る。
これは、玉川上水から分水された千川用水に流れた水がここまで導水されたも
のである。
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玉川上水(小平監視所から下流)および千川用水は淀橋浄水場の廃止などの理
由により水流が一時途絶えたが、その後、清流復活事業として高度処理再生水
を流すことになり、千川用水を流れてきた水が善福寺川に放流されているので
ある。
天候にもよるが、見る限り、どちらかといえば千川上水からの水が多いような
気がする。

美濃山橋から善福寺川が始まり、蛇行しながら、徐々に南東方向へと向かう。
善福寺川の左岸右岸は早くも谷形状が始まる。
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その左岸の上の森の中に位置するのは井草八幡宮だ。
井草八幡宮は平安末期の創建とされ、古くは古地名を冠して遅野井八幡宮と称した。
先ほど遅野井で説明した際、頼朝が奥州征討のために祈願した八幡宮は、この井草
八幡宮のようである。
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源氏が八幡神を氏神として尊崇したことから武神の性格が強く、文明9年(1477)
石神井城の豊島氏征伐のため、太田道灌が戦勝祈願をしたとも伝えられる。
江戸期に入っても徳川家光は寺社奉行井上正利に社殿造営をさせ、また歴代の将軍
は朱印地として寄進した。

この井草八幡からも善福寺川へ流れ出ていたと思われる細い川跡が3本ほどある。

その先、寺分橋と耕整橋の間には井荻小学校の敷地があり、行く手を阻まれる。
仕方なく迂回をするが、善福寺川で川沿いを歩けないのはここだけだ。(河川
工事箇所を除く)
130512_0055.jpg

井荻小学校に続いて荻窪中学校が右岸に続き(こちらは川沿いを歩ける)、
原寺分橋を過ぎると流路の脇に湧水があり、そこからも水が流れ込んでいる。
この脇には湧水の仕組みの説明板が設置されているが、学校の近くだからとい
うことかも知れない。

善福寺川沿いには所々に杉並区が設置した流域案内板がある。(神田川の杉並
区内にも設置されている)
善福寺川にまつわる話題や川沿いで見られる鳥の説明などが記載されており、
散歩の途中に足を止めて、読んでみると楽しい。
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川の左岸に関根文化公園がある。
昭和25年(1950)開園の中規模な公園であり、以前は区民プールも設置され
ていたが、残念ながら平成23年に閉鎖された。(写真の工事箇所)
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関根文化公園から北へ数百メートル行くと、荻窪八幡神社がある。
先ほどの井草八幡ほどの敷地はないが、旧上荻窪村の鎮守で、創建は寛平年間
(889~898)というから、井草八幡より古い。
永承6年(1051)に源頼義が奥州の安倍貞任征伐の途中でここに宿陣して戦勝を
祈願し、後の康平5年(1062年)に凱旋の折、神恩に感謝して当社を厚く祀った
と言われている。
社の南一帯の丘地をその館としたことから、この辺りを城山と呼んでいたらしい。
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川に戻って更に下っていくと、JR中央線の高架橋が見えてくる。
その手前の橋は置田橋、昔、上荻窪村の名主・平井家の老婆が、北側にある宇
田川家のことを「お北さん」と呼んでいたことが、いつしか橋名に転じて
「おきたはし」となり、置田の字が当てられたという。
また、かつて井伏鱒二氏たち杉並の有名な文人が、釣り糸を垂れた場所という。
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中央線を潜ると、その先にカワウが羽を広げて休んでいた。
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善福寺川はその先で、環状八号線に差し掛かる。


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No title

楽しく拝見してます。
善福寺川が、荻窪駅近くで中央線を潜る 上手が置田橋、下手が本村橋で、
由来の「お北」も興味深かったです。
だんだんと馴染みのある地域に入ってくるので 期待してます!

Re: No title

> awagaduさん
いつもコメント有難うございます。
そんなに期待されると…(笑)
馴染みの河川だと、案外、記事を書くにも難しいですね。
善福寺川は3回シリーズを予定しています。
ごあんない
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Author:リバーサイド
善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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