玉川上水 8

玉川上水は笹塚駅前で一時的に暗渠となるが、第三号橋からは再び開渠となる。
開渠の区間はここから数百メートルほどだけではあるが、高い柵はなく、見て
いるだけで気持ちいい。
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笹塚橋の先に三田用水の取水口跡がある。写真右の階段付近が取水口跡だ。
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三田用水は寛文4年(1664)、代々木、渋谷、目黒を経て、高輪、白金台、
三田などの上水として開削された。玉川上水の開通から11年後である。
享保7年(1722)に一時的に廃止になったものの、2年後に流域の農村の願い
により農業用水として再開し、明治期以降は海軍火薬工場の動力や恵比寿の日本
麦酒の工業用水としても利用された。

笹塚駅前のビル工事現場のフェンスに1953年頃の同所の写真が掲載されていた。
周囲の風景なども含めて現在と比較すると興味深い。
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この取水口で開渠は終了し、この先は幡ヶ谷・初台方面へ緑道が続く。
付近の住民の方々の散歩道となっており、すれ違う人も多い。
一般道との交差部分には、かつての橋名がモニュメントとして残る。(一部は
親柱が残存している)
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そんな中、幡ヶ谷の南に欄干が残されている相生橋がある。
親柱には大正13年11月の文字も刻まれている。
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幡ヶ谷と初台の間で、遊歩道は甲州街道脇を進む。
かつて上水を暗渠とし、その上に専用軌道を敷設して京王線が走っていた。
昭和58年(1983)、笹塚~初台間の地下化に伴い、その後公園化されている。
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初台駅の南側を通り、山手通りに達する。
数年前まではここにも伊藤橋の欄干が残っていたが、首都高中央環状線の開
通に伴う山手通りの整備工事で撤去されてしまった。
行政にとってみれば単なる橋跡でしかないのだろうが、この付近の玉川上水
の数少ない史跡の一つであり、残念でならない。
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山手通りに続いて西参道を渡る。
その西参道の東側には、神田上水助水堀の取水口があった。
神田上水(現:神田川)の水量を補うために、寛文7年(1667)淀橋付近に
向けて造られた。
淀橋浄水場が出来てからは、浄水場の余水を落とす余水吐としても使われて
いたという。
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文化学園大学前で玉川上水は再び甲州街道沿いに顔を出す。
そこには玉川上水のモニュメントがある。
このモニュメントは、明治時代、新宿駅の地下に設けられた煉瓦造りの暗渠
をモチーフとし、ほぼ原寸大で造られたもので、一部当時の煉瓦が使用され
ている。
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この付近からは、現在の南新宿、北参道付近を通って原宿で渋谷川へと合流
する原宿村分水代々木川)が分かれ、代々木方面の田畑を潤していた。
享保9年(1724)の開通だが、大学の裏手には谷形状となっていることから、
元々、この付近の湧水から発していた河川に分水をつなぎ、水量を補ったの
だろう。

新宿までは甲州街道の1本南のあおい通りを通っていく。
新宿南口の西新宿1丁目の交差点のすぐ南に葵橋のモニュメントがある。
当然のことながら人通りは多いが、その中でこの葵橋に気づき、玉川上水に
結びつけることができる人はどのぐらいいるのだろうか。
橋名の由来は、この地に宇都宮藩戸田家の屋敷があり邸内にも分水がひかれ
ていたようだが、明治期に紀州徳川家が買い受けたことによるようだ。
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京王線は開通当初は新宿追分(現在の新宿三丁目付近)を始発駅として開通
したが、当初、この地には葵橋駅という駅があった。(大正14年に停車場
駅と統合)戦争末期、変電所が空襲に遭って電圧が低下した時、新宿駅南口
の跨線橋の坂を電車が上れなくなったため、京王線は新宿西口を始発とした
が、葵橋駅こそが現在の京王線新宿駅の前身といっても過言ではないだろう。

新宿南口の跨線橋を越え、明治通りを渡り、新宿御苑の新宿口に達すると、
そこから御苑北側の遊歩道に水路が沿って流れる。
玉川上水・内藤新宿分水散策道として、新宿区が平成24年に再現・整備
したものである。
水路こそ人工的なものだが、玉川上水に関する説明板が多く設置され、それ
らを読んでいくだけでも楽しい。
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その散策道を越えるといよいよ玉川上水の最終地、四谷大木戸である。
ここには水番所が設けられ、630坪の敷地があったという。
芥留(ゴミ取り)の他、渋谷川に余水を流す吐水門、江戸市中へとり
入れる水門があった。
江戸市中へは、この地から石樋もしくは木樋で地中を通していた。
また、渋谷川への吐水路は、新宿御苑の東側に残っている。

先ほどの散策道の説明板には四谷大木戸水番屋構之図(国立公文書
館蔵)が掲載されている。
水番屋

江戸名所図会 四谷大木戸にもこのように描かれている。
四谷大木戸2
                      (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

新宿区四谷区民センター(水道局新宿営業所)脇に、明治28年に建
立された水道碑記がある。
上部の篆字は徳川家達、撰文は胆付兼武によるもので、高さ460cm、
幅230cmの大きな碑で、表面に780字、裏面に130字刻まれ、
上水開設の由来と玉川上水の功績が記されている。
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玉川上水を歩いてくると、この大きな水道碑記を見て達成を実感できる。

【参考文献】
「玉川上水ぶらり散歩」 小泉智和/著 (日本水道新聞社)
「川の地図辞典(多摩東部編)」菅原健二/著 (之潮)



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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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