玉川上水 4

西武国分寺線から府中街道手前まで、小平中央公園の南端を通っていく。
緑が色濃く、気持ちよい区間である。
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府中街道が架かる橋は久右衛門橋、橋脇にある説明板によれば享保年間に八代
将軍吉宗により新田開発が奨励され、その頃に架けられたものだという。
(現在の橋梁は昭和7年に架設されたレンガアーチ橋)
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橋の北側には津田塾大学のキャンパスが広がる
明治33年(1900)、津田梅子が女子英学塾(開設当初は千代田区)が開設
したのが始まりで、昭和6年(1931)にこの地に移転した。

久右衛門橋を南へ1分ほど歩くと、ふれあい下水道館がある。
下水道に関する展示の他、地下5階には実際の下水道の中に入ることができる。
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津田塾大のキャンパスを過ぎる辺りで、JR武蔵野線と交差する。
とはいっても、武蔵野線は地下の小平トンネルを通っている。
散策路には立坑があり、電車が通ると。ゴーと音がする。
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その先、右岸から五日市街道が近づく。
ここから境橋まっでに6km弱の間、玉川上水は五日市街道と寄り添って進む
ことになる。
その五日市街道と接する場所に小川水衛所跡がある。
今までは柵に囲まれており、柵の外から見るだけとなっていたが、下流の境水
衛所跡とともに、開放・公園化がすすめられている。
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ここで、玉川上水の管理について軽く触れておくこととする。
江戸時代、玉川上水には水番所が設けられ、羽村、代田村および四谷大木戸に
置かれた。(後に砂川村にも追加設置された。)
水番所には水番人が置かれ、主な役割として、上水の監視、塵芥の除去(芥溜
に溜まったゴミの除去)、水量の監視(分水の調節)などであった。
明治27年(1894)、水番所は水衛所に改められる。
水衛所は熊川、砂川、小川、境、久我山、和田堀、代々木、四谷大木戸に設置
された。
水衛所の業務は、水番所と同様に、芥揚げと水路の取締り、水質保全と水路敷
の管理等である。

桜橋で、西武多摩湖線と交差する。
桜橋は西武多摩湖線の開通に伴い大正末期に架橋され、その後道路の拡幅に
よって架け直されているが、古い欄干が下流側に残る。
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なお、小平監視所から脇を流れていた新堀用水はここ桜橋で終わる。
(流路はこの後、田無用水・鈴木分水に分水して東北方向へ進む。)

喜平橋で五日市街道は右岸から左岸へと移り、なおも並行して進む。
上水沿いの左岸の遊歩道は舗装化され、付近住民の自転車なども往来する。
土の道でないのは少々残念だが、反面、木の根につまずく恐れがなく安心して
歩ける。
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新小金井街道が架かる茜屋橋付近で、またもや樹木が伐採され、上水の水面
が望めるようになっていた。
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調べて見ると、東京都水道局は2010年度から10年をかけて、玉川上水整備
活用計画
を実施しているようである。
計画によると、水路・法面の保全(崩落の未然防止)、桜並木の保存、上水
の眺望の確保などを目的として、ケヤキなどの落葉樹を伐採しているとのこと。
数年後にはこの辺りの風景も様変わりしているかもしれない。

この付近は名勝 小金井桜として有名である。
元文2年(1737)幕府の新田開発の一環として。幕命によりの川崎平右衛門が、
吉野や常陸国桜川からヤマザクラの種苗を取り寄せ、玉川上水両岸の6kmに
わたり植樹した。
桜の根が土手の崩壊を防ぎ、また桜の花弁が水の毒を消すという理由もあった
という。
植樹して約60年後の寛政9年(1797)、多摩郡清水村(現東大和市)出身の
漢学者大久保狭南が紹介すると、江戸からの花見客が増え、有名となった。
明治期に入ると、関東第一の桜の名所として西の吉野と並び称され、また
甲武鉄道開通後は更に賑わったという。
小金井桜
歌川広重 富士三十六景武蔵小金井

小金井桜に関する史跡は小金井橋付近に集中する。
まずは小金井橋手前には、行幸の松がある。
明治16年に明治天皇がこの地で観桜され、それを記念して村人がお席跡
の植樹したものである。
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五日市街道を挟んで、海岸寺がある。
八代将軍吉宗の享保の改革で推奨された新田開発によりこの地に移り住ん
できた農民の要望によって創建されたという。
茅葺屋根の山門は小金井市の有形文化財として指定されている。
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その海岸寺の入口脇には、小金井桜樹碑が建っている。(文化7年(1810)
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前述の漢学者大久保狭南の撰文で、小金井桜植樹の由来にはじまり、桜花
の賞賛、川崎平右衛門の功績などが記載され、七百字に及ぶ。

小金井橋脇の記念碑の傍にあった説明文に江戸時代の絵画(有馬純堂
「金井観花詩歌図巻」)と明治30年代の写真が掲載されていた。
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小金井橋の下流側に、今度は御成の松跡がある。
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天保15年(1844)第13代将軍家定(当時は世継)一行が花見に訪れた。
当日は大雨だったが、家定は馬から下りて御座所で花見を楽しんだという。
御座所跡に一本の黒松を植えたが、平成6年、残念ながら枯れてしまった。
説明板に掲載されていた大正期の写真を見ると、見事な松(写真右)だっ
たことがわかる。
御成の松


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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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