百々向川

光が丘公園北側の赤塚新町3丁目付近を水源とし、成増駅付近を通り、旧
白子川へと流れていた百々向川を紹介する。
この百々向川、難読地名ならぬ河川名であり「すずむきがわ」と読む。
百々女木川(すずめきがわ)とも称される。
現在は全区間が暗渠であるが、もともと水量は少ない川で、雨が降ると水
量が増すという程度の河川であったらしい。

百々向川は光が丘公園赤塚口の近く、赤塚新町3-28付近が水源と思われる。
とはいっても周囲は住宅街であり、想像の域を出ない。
東側に向かってやや高くなっており、おそらくこの辺りが水源であろうという
程度である。
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しかし数十メートルほど歩くと、住宅と住宅の間に暗渠道を見つけることができる。
水源の正確な位置こそわからないが、そこから流れ出る流路はハッキリとわかる。
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並んで歩くこともできないほどの細い道が続く。
宅地内からこの道に降りる鉄製の階段などもあり、暗渠の雰囲気を充分
楽しむことができる。
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その先は緑道となる。
通路の左手には下赤塚公園と称する児童公園、公園内には「こどもの池」
と称する小プールがあり、夏季には子供たちのよき遊び場となっているようだ。
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その先も百日紅の並木道が続く。
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その緑道も残念ながら、成増小学校の南側で終わってしまう、
その先の水路はおそらく小学校の敷地や近隣の住宅に埋もれてしまって
いるのだろうが、とりあえず北の川越街道へ向かって歩いていこう。
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次に百々向川の痕跡を見つけることができるのは、川越街道を渡った
治兵衛窪庚申塔
の脇からである。
この庚申塔は天明3年(1783)の浅間山大噴火ならびい大飢饉の犠牲者
を供養するために造立されたものだという。
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この辺りは小治兵衛窪(久保)という地名であり、その地名には百々向川
に因んで以下のような逸話が残っている。
昔、ここを流れていた百々向川に、丸太橋が架けられていた。とても寂しい
場所で、毎晩のように盗賊が出没し、1本橋のため逃げるに逃げられない
通行人から金品を奪うので恐れられていた。
ところがある朝、立派な橋に架け替えられていて、橋の手摺に、「たくさん
悪いことをしたので罪滅ぼしにこの橋を造る。 小治兵衛」と書かれた木
札が下げてあった。
その後は、通るのに大変便利になったばかりか盗人も出なくなり、人々は
この地を小治兵衛窪と呼ぶようになった。

(『板橋の史跡を訪ねる』(参考資料参照)より引用)

なお、かつては小治兵衛窪の付近に共同の洗い場があり、人々が野菜な
どを洗っていたという。

庚申塔の脇から、百々向川の川跡が再び現れ、北を走る東武東上線の
線路へと向かっている。
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東上線を越えた先にも、このような川跡の歩行者道がある。
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駅の北口付近では、商業ビル等が建ち、さすがに川跡を追うことは難しい。
但し、成増駅に降り立った方はお分かりだと思うが、谷状の地形がおおよ
その川筋を示してくれる。
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その成増駅の北から百々向川緑道が始まる。
百々向川緑道は5mはあろうかという崖の下に通っている。
地質学の方は疎いのでわからないが、おそらく千年単位もしくはそれ以
上の年月で浸食された結果であろう。
冒頭で水量が少ない河川と言ったが、太古はそれなりの川だったのかも
しれない。
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川を横切る道路は盛土として造られているので、階段を上がり、そしてま
た下るということをしなければならない。
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なります児童館の手前で再び階段を上下する。
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その階段を下りるとようやく平坦な遊歩道となる。
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S字カーブを描いた先で右手を見ると、驚くような坂がある。
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さすがに坂を上るのは大変であるが、坂の上から見る風景は格別だ。
余裕があるならば、この坂を上ることをお勧めしたい。
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その坂を上ったところに菅原神社が鎮座する。
創建年代は不明、旧成増村の鎮守で祭神は菅原道真公である。
江戸期には山王社と称したらしく、明治7年(1874)に村社として定められ
た時は菅原神社となっている。
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百々向川に戻ると、旧白子川との合流地点まで残り100m余りの直線が続く。
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成増3ー47付近で百々向川は旧白子川へと合流していた。
現在の白子川はさらに数十メートルほど先を新河岸川へ向かって流れて
いるが、この旧白子川には人工水路が設けられ、親水化が図られている。
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《参考資料》
『板橋の史跡を訪ねる』 いたばしまち博友の会



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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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