大丸用水菅堀 2

引き続き、大丸用水菅堀を辿っていく。

多摩川を稲城大橋で渡る都道19号線との交差の手前に葎草橋碑がある。
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天保9年(1838)、大丸用水に架けられていた板橋を、長沼・押立両村の
協力で石橋に架け替えたことを記念して建立した碑である。
『渠田川や 多摩の葎の橋はしら 動かぬ御代の 石と成蘭』という歌が刻ま
れ、また道標としての役割をもった石橋記念碑である。
この橋を通る道を北へ行くと、多摩川の渡船場(押立の渡し)へと通じ、当
時の幹線道路の一つに架かる橋だったようだ。

葎草橋の数十メートル先には、菅堀から北堀・中堀を左へ分ける分水口がある。
この分水口は「喧嘩口」という名が付けられている。
名前の由来はわからないが、おそらく水争いに関連して名づけられたもの
であろう。
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都道を越えて更に流れを追っていくと、下新田津島神社が水路脇に鎮座する。
創建年代は不明、前項で上げた上新田津島神社と対になる社である。
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神社脇の菅堀、佇んでいると非常にのどかな気分になれる風景である。
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支堀へ分かれる場所もあれば、支堀が合流してくる地点もある。
こちらは前項で記載した新堀が流入している。
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南武線の北側を蛇行しながら、畑の中を進んでいく。
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南武線と交差して、川崎街道へと向かう。
南武線は高架となったが、よく見ると地上線時代のコンクリートの橋脚が
残されている。
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南武線交差の後、菅堀は道路沿いに流れていく。
川崎街道に出ると、水路は暗渠となってしまう。
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川崎街道の北側の歩道を暗渠となって進んでいく。
カラー舗装された歩道なので、用水を意識しない限り、ここが暗渠である
ことが判らない。
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鶴川街道との交差点の先、交番の裏に地蔵菩薩がある。
説明板によると、正徳3年(1713)の建立、台座には遠く生田や柿生の人
の名も刻まれているという。
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その地蔵菩薩から数十メートルの間、菅堀は顔を出す。
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さらには300メートルほど歩道を歩いていくと、コンビニの手前でも数メート
ルほど流れを見せる。
ここが都県境、稲城市から川崎市多摩区へ入っていく。
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道路を挟んで、2つの水路が南へと分かれる。
南の大堀への流れると豊堀と、新指月橋の橋詰で三沢川へと流れ込む支
堀(名称不明)である。
写真は後者の水流、写真にうつる地蔵は、宝永4年(1707)に菅村の人々
が立てたという「菅の六地蔵」のうちの一つだ。
2016-04-16_117.jpg

川崎街道の歩道は蓋暗渠となって東進する。
所々にあるグレーチングを覗くと水が流れているのを確認できる。
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なおも歩道を歩いていくと、開渠となって左手の住宅の裏手へと水が流れ
て行く場所がある。
しかしながら、川崎街道歩道の蓋暗渠はなおも真っすぐと続いている。
ということは、ここで菅堀は二手に分かれているのである。
資料によると、開渠となって左へ折れる水路を天宿堀、依然として暗渠と
して川崎街道沿いを進む水路を三軒家堀というようだ。
菅堀を流れてきた水は天宿堀へと流れ、暗渠の三軒家堀は農繁期のみ
通水し、農閑期は水が流れていないようだ。
そのため、菅堀の本流としては前者の方と捉えるべきなのかもしれない。

この先、天宿堀、三軒家堀それぞれに追っていくこととしよう。
まずは水が流れる天宿堀から。

天宿堀は川崎街道から分かれると、菅4丁目の住宅街の中を流れ、その
先で南武線を越えていく。
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そこから先、暫くは住宅や農地の間を抜けていくため、水路沿いを歩く
ことは殆どできない。
写真は、京王稲田堤駅の北側、京王線脇の農地を流れていく用水である。
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迂回を重ねた先で、ようやく道路沿いの流れを見つけた。
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菅稲田堤2ー1付近で、菅堀(天宿堀)は、北堀中野島用水)へと合流
する。
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先ほどの川崎街道沿いの分岐点に戻り、今度は三軒家堀を追っていこう。
こちらは川崎街道沿いを更に300メートルほど進んだ後、京王稲田堤駅
南口の商店街の道へと曲がっていく。
道路脇の歩道の連続するコンクリートブロックが、大丸用水の暗渠である
ことを示してくれる。
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駅を過ぎるとJR線と京王線の連絡通路となる商店街が続く。
駅から100メートルほど商店街沿いを進んだ後、暗渠は商店街の裏側へ
と入っていく。
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再び商店街へと戻ってきた後、南武線稲田堤駅前の踏切の脇で線路を
横断する。
線路を横断する場所で一時的に開渠となる。
先ほど述べた通り、農繁期だけは水路に水の流れを確認できる。
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その先、南武線北側の道路を暗渠となって進む。
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南武線の線路脇でこちらの三軒家堀も北堀へと合流する。
先ほどの天宿堀が合流した場所から300メートルほど下流の地点である。
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《参考資料》
『稲城市文化財地図』 稲城市教育委員会



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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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