横十間川 1

北十間川から分岐して、江東区を南北に流れる横十間川(延長=3.66km)を
取り上げる。

横十間川の名前は、江戸城方向から見て横に流れていたこと、そして川幅が十間
(約18m)であったことに由来する。
小名木川との交差付近に釜六・釜七という著名な鋳物師が住んでいたことから
「釜屋堀」とも呼ばれたという。

横十間川が開削されたのは万治2年(1659)のことで、徳山五兵衛重政と山崎四
郎左衛門重政によって開削された。
翌年の万治3年、徳山重政と山崎重政両名は、新たに設置された本所奉行の職
任命され、本所一帯の掘割の整備、湿地の埋立てなどを任務とした。
但し、このときの開削は小名木川以北であり、小名木川以南に延伸されたのは、
元禄14年(1701)のことであったという。

横十間川は、北十間川に架かる十間橋の50mほど東側から南へと分岐して始まる。
東京スカイツリーからも700mほどの地点であり、ツリーも大きく望める。
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北十間川の項でも取り上げた歌川広重の名所江戸百景柳しま』を取り上げてみよう。
北十間川と横十間川が交差している場所が描かれ、横十間川に架かる橋は柳
島橋である。
遠くに描かれているのは筑波山、但し方角からするとこの位置には筑波山は望めない。
川の分岐点脇に描かれている建物は「橋本家」という当時の高級料亭とのことだ
が、風光明媚を表現するために、広重はこの位置に筑波山を配したのだろう。
柳島
        (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

江戸名所図会の左端に描かれているのは柳嶋妙見山法性寺、現在でも柳島
橋脇に存在する。
明応元年(1492)建立の日蓮宗寺院であり、江戸期には霊験著しく柳島妙見
と呼ばれ、参詣者も多かったという。
本堂は新しくなっているが、境内には同寺に信仰のあった葛飾北斎や近松門左
衛門の供養碑などがある。
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横十間川を南下していこう。
川とは言っても、もともとは開削された堀(人工河川)であり、仙台堀川との交差
までは直線である。
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分岐点から250mほどいくと、左岸に天台宗の慈雲山龍眼寺がある。
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応永2年(1395)の創建と伝えられ、元禄の頃、全国から萩を集めて多くの萩が
植えられていたことから、「萩寺」として呼ばれて親しまれた。
その様子は江戸名所図会にも描かれている。
現在では、亀戸七福神の布袋尊として親しまれ、参拝客も多い。
また境内にある庚申塔(写真手前)は万治2年(1659)の造立で江東区内最古
のものである。
龍眼寺
江戸名所図会龍眼寺』  (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

その先に今度は臨済宗の瑞亀山長寿寺がある。
臨済宗の寺院で、創建は文明元年(1469)、もとは柳島円命寺と称した。
その後、南本所川端や本所石原町へ移転の後、元禄4年(1691)、当地に戻
ってきたという。
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そして、蔵前橋通りが横十間川に架かる天神橋に達する。
亀戸天神至近の天神橋とあって、欄干にも意匠がこらされている。
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さきほどから寺社紹介が続いて恐縮ではあるが、亀戸天神社を紹介しないわけに
はいかないだろう。
寛文2年(1662)、菅原道真公ゆかりの飛び梅の枝で天神像を創り、祀ったのが
創建と言われる。
湯島、谷保とともに関東三天神の一社とされ、学業成就の祈願に多数の参拝客
が訪れるころで有名だ。
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江戸名所図会にも横十間川や天神橋が描かれている。
亀戸宰府天満宮其二
江戸名所図会亀戸宰府天満宮 其二』  (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

天神橋南側付近からの光景。
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やがてJR総武線と交差する。
その手前には、ちょっとしたテラスがあり、ベンチが設置され休憩することもできる。
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JR線と交差した後は、首都高速7号線と交わる。
首都高の下には竪川が流れ、かつては横十間川と竪川の交差地点という風景
が見られたのであろうが、今は竪川は暗渠となりその面影を想像するのは厳しい。
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清水橋を東へ行くと、住宅街の中に大島愛宕神社が鎮座する。
創建年代は不明、もと本所中之郷(墨田区)の成就寺境内に祀られていたもの
を、村民の移住とともに当地に遷座したものだという。
小林一茶が40代前半の一時期、愛宕神社に仮住まいしていたとされ、境内には
一茶の句碑も設置されている。
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先ほどの首都高辺りから、横十間川の川沿いには水辺の散策路と称する木造
の遊歩道が設置されている。
遊歩道には散策する付近住民のほか、亀戸・錦糸町方面へ往来する自転車が
通り、往来は激しい。
川の西側に広がる公園は猿江恩賜公園である。
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その猿江恩賜公園、もとは猿江貯木場で享保18年(1733)に幕府の材木蔵
として造られたのが始まりで、明治以降は皇室の御用材の貯木場として御木蔵
と呼ばれていたという。
現在は14.5haの大きな公園として、区民に親しまれている。
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《参考資料》
『資料館ノート 本所の開発とふたつの大動脈』 江東区深川江戸資料館編
『ゆこうあるこう こうとう文化財まっぷ』 江東区文化観光課編


  
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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