池上用水(洗足流れ)

洗足池を水源とし、呑川に至る池上用水洗足流れ)を紹介しよう。
1.7kmほどの水路であるが、水路脇には遊歩道が続き、気持ちよく歩くことができる。
池上用水はかつては農業用水として、洗足流れ、洗足用水とも呼ばれた。
どちらかといえば洗足流れという呼称のほうが一般的なのかもしれない。

その流れの水源となる洗足池は湧水を堰き止めて造られた人工池で、昔は「千
束郷の大池」とも呼ばれた。
弘安5年(1282)、日蓮上人が身延山から常陸国に療養のために湯治に向かう
途中、池の畔で足を洗ったという言い伝えから、洗足池と名付けられたという。
(日蓮はその後、池上宗仲の館(現:池上本門寺付近)で没する)
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池の東側、妙福寺境内には日蓮が足を洗う際に袈裟をかけたと言われる袈裟
掛けの松
がある。
(現在の松は三代目と伝えられる)
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洗足池は歌川広重の名所江戸百景の一つにも取り上げられ、そこには袈裟
掛けの松も描かれている。
千束の池袈裟懸松
名所江戸百景千束の池袈裟懸松』 (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

松がある日蓮宗の寺院、星頂山妙福寺の地は、袈裟掛けの松を護る御松庵と
呼ばれる庵であった。
日蓮が池の畔で休息した際に、身延山から守護してきた七面天女が水中から
出現、これを祀ったのが始まりとされる。
妙福寺は寛永の頃、日慈上人が日本橋馬喰町に創建、その後浅草へ移転し、
関東大震災による焼失により、昭和2年(1927)に当地に再建された。
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更に洗足池周辺の史跡を巡ってみよう。
(池の北側にある洗足池弁財天や、西側の千束八幡神社については、清水窪
湧水路
の項を参照)

妙福寺の北、洗足池公園内には、江戸開城などで尽力した勝海舟夫妻の墓所
がある。
勝海舟(1823~99)は幕末、池上本門寺で開かれた西郷隆盛との会見に赴
いた際に通り掛かった洗足池の趣に感嘆し、明治24年(1891)、湖畔に別邸
を建築、「洗足軒」と名付けたという。
洗足軒は戦後焼失、その地は現在の大森第六中学校となっている。
海舟は「富士を見ながら土に入りたい」という思いから、洗足軒近くに墓所を造
ったという。
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勝海舟墓所に隣接して、西郷南洲隆盛留魂祠が建てられている。
これは西南戦争に散った西郷隆盛を追慕して勝海舟が漢詩を建碑、さらには
明治16年(1883)に魂魄を招祠して留魂祠を建立した。
もとは葛飾区の木下川薬妙寺にあったが、大正12年(1913)、当地へ移された。
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さて、そろそろ池上用水を辿っていくことにしよう。
池上用水は暗渠で中原街道と東急池上線を渡り、洗足池南側で開渠として現
われる。
そこには清らかな水が流れ、その脇に歩行者道が整備されている。
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水路沿いには桜の並木が続き、せせらぎが聞こえてくる。
また所々に水路脇に下りる階段もあり、親水性が高められている。
この近くにお住まいの方々は駅への往来をこんな環境の中を歩いている
と思うと、川好きの自分にとっては羨ましい限りである。
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この先、小池橋付近でかつて洗足小池からの流れが合流していたという。
その洗足小池は、池上用水から東北東へ500mほど行ったところにある湧水池、
先に紹介した洗足池を大池と称するのに対し、こちらは小池というわけだ。
洗足小池へ向かうには、緩やかな坂を上り続けなければならないが、そこには
洗足池とはまた違った趣きの風景が広がる。
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小池は以前、釣堀として営業されていたが、平成16年(2004)に廃業、その後、
大田区が整備、平成21年(2009)年に小池公園としてオープンさせた。

池の南側には水門があり、そこから水が落とされている。
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そこから池上用水方向に向かって水路跡が残る。
途中、水路跡は住宅街の中の道路となるが、小池小学校で途切れてしまう。
現在、小池からの水は池上用水へは流れ込んでいないので、どこかで下水へ
落ちているのであろう。
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池上用水へと戻り、再び水路を下っていく。
洗足池駅から600mほど一般道に沿って続いていた道は、その先、単独の遊
歩道となり、住宅街の中を進んでいく。
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水路には地域住民の方々によりカワニナが放されており、蛍が養殖されている。
初夏には蛍が飛び交う風景が見られるのだろうか。
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さらに500mほど進むとその先は暗渠となる。
今までの開渠が素晴らしい環境であったためか、暗渠化されてしまったことが
惜しい気がする。
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その暗渠の遊歩道を抜けた東雪谷五丁目交差点脇には日蓮宗の雪谷山長慶寺
がある。
創建は不明、元は碑文谷村にあり法華寺の末寺であったが、その後、池上本
門寺の末寺に変わったという。
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長安寺の横を進み、遊歩道が終わるところある二基の庚申塔、左側は正徳2年
(1712)年、右側は享保7年(1722)の建立だそうだ。
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新幹線のガードを潜り、一般道を進んでいく。
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本村橋で池上用水は呑川へと合流する。
吐口からは勢いよく水が放流されている。
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《参考文献》
『大田の史跡めぐり』 大田区教育委員会 郷土博物館編


  
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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