府中用水 1

府中用水は国立市・府中市の多摩川沿いの沖積低地を流れる農業用水である。
受益面積は30haに及ぶといい、農林水産省が指定する疏水百選の1つにも
指定されている。

今回、府中用水を探索するにあたり、疏水百選 府中用水というサイトを参考
にさせて頂いたが、巧くまとまっているので併せてご覧いただきたい。

府中用水の開削時期はというと、はっきりしないらしい。
慶長元年(1596)に多摩川に大洪水が発生し、流路が大きく変化した。
その大洪水から数十年後、多摩川の河床が安定した時期(寛永期の頃)に旧
河床を利用して造られたものという。
また玉川上水の開削にあたり、当初は国立市青柳を取水口として掘り進んだ
が、途中で断念、その後、府中用水として利用されたという説もある。
確かに下流の府中市清水が丘付近には「かなしい坂」と呼ばれる史跡もあ
るが、この説には異論も唱えられている。
(異論については、妙光院水系(代小川)参照)
江戸期には七ヶ村用水と呼ばれ、府中宿の本町・番場宿・新宿の三町と、是政
村・上谷保村・下谷保村・青柳村の生活用水、農業用水として利用されていた。

さて府中用水の水路図を見ると、中流域から下流域にかけてには無数の水路
に分かれており、どこが本流なのかは見分けがつきにくいが、市川水系を含ん
で、府中本町駅の西までの区間を本流として歩いてみた。

旧国道20号線が多摩川に架かる日野橋から下流を見ると、左岸へ分流してい
く水路をみることができる。
ここから、多摩川の水が取り入れられ、河川敷に設けられた立川公園沿いに水
路が流れる。
途中、柴崎付近から流れる根川の水を合流し、青柳崖線の崖下を流れていく。
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府中用水の取水門はその先、国立市青柳にある。
ここの水門が開けられるのは、灌漑期の5月下旬から9月上旬の間だけであり、
それ以外の農閑期には閉じられて、府中用水には水は取り込まれない。
ただし矢川や、ママ下湧水を水源とする清水川の水が、途中で流れ込んでおり、
中流域ではそれらの水が府中用水を潤す。
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ここから500mほどは用水沿いの道は無く、崖線の上の道を通ることになる。
その道沿いに鎮座するのが青柳稲荷神社、青柳・石田の鎮守であり、宝暦5
年(1755)の創建とされる。
青柳は、以前、府中市本宿の多摩川南岸の青柳島にあったが、寛文11年(1671)
の大洪水により青柳島は流失、新たにこの地にて開拓し、青柳村ができたという。
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その先で崖線を降りると、満々とした水が流れる府中用水を見ることができる。
2015-05-23_22.jpg

中央高速との交差の手前に、谷保分水を分ける谷保堰がある。
本流は高速道路の南側へと進むが、谷保分水は高速道路沿いに流れて谷保
地区の水田へと給水している、
谷保堰の説明文には「用水の配分は米の生産に関わる一大事で、関係農民
の間で水の配分をめぐって、しばしば水争いが起きたと伝えられる」と記載され
ているのが興味深い。
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なお、谷保堰からは清水川の水源であるママ下湧水も近いので、立ち寄って
みるのも良いだろう。

中央高速を越えて更に南東へと進む。
2015-05-23_38.jpg

国道20号線日野バイパスの手前で、府中用水は暗渠となり、バイパス沿いに
200mほど進む。
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北から、谷保分水から分かれたあきすい掘が合流する。
農閑期、矢川や清水川から谷保分水に流れこんだ水は、このあきすい掘を通
して流れ、ここで府中用水本流へと合流する。
そのため、ここから先は年間を通して水が流れる区間となる。
2015-05-23_44.jpg

あきすい堀合流後、府中用水本流は北多摩二号水再生センターの脇に沿って
流れていく。
ここも暗渠であるが、グレーチング蓋の中を覗くと音をたてて水が流れていく様
をみることができる。
2015-05-23_49.jpg

その先で中央高速を再び潜って高速道の北側に出ると、開渠となった用水が
現われる。
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歩いていくと、柵もない区間が出現する。
夜間など誤って落ちはしないかとも心配してしまうとともに、昔日そのままの姿
をみるような錯覚に陥る。
2015-05-23_56.jpg

更に100mほど歩いていくと、用水は国立府中インターの中へと消えていく。
さすがにインターの中に入ることは出来ず、迂回を強いられることになる。
2015-05-23_59.jpg

迂回して再び府中用水を追っていく。
開けているせいだろうか、水路の幅が広くなったような感じを受ける。
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国立府中インターの東側では用水は大きく蛇行する。
写真に写っている橋は国宮橋
2015-05-23_70.jpg

その国宮橋の先には小さな堰があり左側へと分水している。
どうやら本流と谷保分水の間の田畑に給水しているらしい。
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都道20号線が架かる大山橋の先、用水沿いの遊歩道は広くなる。
自転車なども通行し、生活道路として利用されているようだ。
2015-05-23_88.jpg
反対の右側の小さな水路から水が流れ込んでいる。
府中用水では網の目状に水路が張り巡されており、その水路の全容を把握す
るのは厳しい。
また農閑期には小水路には水が流れないので、合流することに気がつかない
かもしれない。

立川崖線に生える樹林が見えてくると、一般道との交差の手前で府中用水を
流れる水は暗渠へと消えていく。
そして此処で、崖線沿いを流れてきた下の川と合流する。
2015-05-23_94.jpg

その先、一般道沿いに市川緑道が続いていく。
緑道沿いに親水路が設けられているが、ここを流れる水は下の川から取り入
れているものだ。
府中用水本流の水は、この道路の下を第4都市下水路として流れている。
2015-05-23_96.jpg

200mほど歩くと、JR南武線の西府駅の南側に出る。
そこでは立川崖線の擁壁が出現し、改めて崖線の高さを実感することができる。
多摩川沿いの低地から駅へ往来するのは大変なことだろうと想像するが、歩道
橋のほか、自転車の乗降が可能なエレベータも設置されており、利便性が図ら
れているようだ。
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段丘の上にのぼって駅前に行くと、御嶽塚という古墳時代の古墳が府中市指
定文化財として保存されている。
江戸期には御嶽信仰の対象として祀られることとなった。
周辺には、この他にも6~7世紀初め頃に築かれた13基の古墳が確認され、
円筒埴輪や圭頭大刀などが出土しているという。
その範囲は、東側の新鎌倉街道から西側の国立市境付近にまでおよび、御嶽
塚古墳群と呼ばれている。
2015-05-23_99.jpg
古代人もこの地において、多摩川と川沿いに広がる低地、そして富士山をはじ
めとする遠くの山々を眺めていたのであろうか。

《参考文献》
『府中用水』 くにたち郷土博物館・府中用水土地改良区編
『府中市史』 府中市史編纂委員会編
『多摩川中流域の「府中用水」に関する調査研究』 島村勇二編著


 
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No title

断片的に府中用水に沿って歩いたりしたことはありましたが、こうして全体を紹介されると、ほー そうだったか、と興味深く拝読しました。ありがとうございました。崖線がらみの用水は とても興味深いです。

Re: No title

>awagaduさん
府中用水は水路が網の目状に広がって奥深い場所です。
所々に水田があり、ここが東京なのか、新宿から数十分の距離なのかという風景も目にすることができます。
また府中宿に近いので、所々に歴史を感じさせる寺社も点在します。
そんな風景を紹介しながら、これからも綴っていきたいと思います。
しばらく府中用水水系の水路の記事が続くことになるかと思いますが、よろしくお付き合いください。
ごあんない
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Author:リバーサイド
善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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