入間川(中仙川) 2

甲州街道を越えると、入間川は開渠となる。
入間橋脇にある標識には、「上流端」の文字が見え、公式にはここが上流端で
あることが判る。
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その先、京王線と交差する。(写真は下流側からの光景)
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住宅地の間を抜けていく入間川、川は東つつじヶ丘と若葉町の境界線ともなっ
ている。
川沿いに歩ける区間は少ない。
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西野橋の上流には入間川分水路の取水施設がある。
平成17年(2005)豪雨により流域一帯が浸水被害に見舞われ、その対策とし
て分水路が施工、平成25年に分水路が完成した。
分水路はここから西へ円形管およびボックスカルバート管で道路の下を通り、
野川の小金橋下の吐口につながる。
普段は少ない水流の入間川だが、大雨ともなると濁流となるのであろう。
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梯子状開渠が続く。
写真の奥に見える白い建物は武者小路実篤記念館である。
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その武者小路実篤記念館、実篤が晩年を過ごしたこの地に昭和60年(1985)
に開館、原稿や絵画などを展示している。
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『友情』や『愛と死』などの著作で知られる武者小路実篤(1885~1976)は、
昭和30年(1955)、70歳の時にこの地に移住し、以後、20余年を過ごした。
実篤は水がある所に住みたいという願望を子供の頃から持ち続け、入間川沿
いの当地を仕事場兼住居として選んだという。

記念館に隣接する敷地は実篤公園として一般開放されている。(記念館は有
料だが、公園は無料)
実篤公園は崖地にあり、上部には旧実篤邸が保存されている。
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また、公園内には上の池、下の池の2つの池があり、訪れる人も多い。
上の池には湧水が流れ込んでいる。
にじますの池とも称され、池にはニジマスが泳いでいる。
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こちらは下の池、公園内は都内とは思えない静寂に包まれ、野鳥の声が響き
渡る。
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記念館から先、600mほどの区間は川沿いには歩くことができない。
仕方なく、川の東側の道を歩き続けることとなる。

明神橋から先、ようやく川沿いを歩くことができるようになる。
川の左岸には都営調布入間町二丁目アパートの団地群が建ち並ぶ。
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その先、右手の段丘上にあるのが、天台宗の寺院である明照院
天文年間(1532~55)法印秀海により開山、当初は東叡山末であったが、正
徳元年(1711)に深大寺末となる。
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その南側に隣接して、糟嶺神社がある。
由緒については不明、鎮座している高台は多摩郡の4墳陵の一つとされ、丸
山と称していたという。
墳陵は高さ2間2尺(4.29m)、根廻り76間余(150.48m)とされる。
昔は墳陵の下に社殿があったが、宝暦8年(1759)に墳陵上に遷座としたという。
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糟嶺神社の境内から望む入間川。
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糟嶺神社から300mほど下流で、入間川は野川に合流する。
そこは野川の小足立橋と谷戸橋の中間付近、野川の川辺に降りる階段があり、
合流地点を間近に見ることができる。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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