神田川 7

江戸川橋わきの左岸に大きな排水口がある。
水窪川および弦巻川の合流地点である。
(現在は下水化しているので、大雨時以外は川に流れ込まない)
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水窪川は東池袋を源流として南大塚を廻って流れる支流、
弦巻川は池袋西口付近を源流として雑司ヶ谷を経て流れる支流であり、
現在は共に全区間暗渠である。
神田川への合流直前で2つの河川は合流し、そして神田川へ注いでいた。

江戸川橋より下流は首都高5号線が寄り添うように続く。
この先、右岸には、歌舞伎町付近から流れる蟹川が合流していたが、
こちらには合流口はない。
並行する目白通りの下にある江戸川橋分水路に合流しているのだろうか。
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左手に大きな青い凸版印刷のビルが見えてくる。
印刷博物館も併設されている。
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この付近には大企業から中小に至るまで、多くの印刷・出版業の事務所・
工場があり、文京区の地場産業となっている。
今後、出版物の電子メディア化が進むにつれてどうなるのか、心配になる。

白鳥橋手前で、左手に今度は水道橋分水路が口を開けている。
この付近で川は90度曲がり、南へ向きを変える。
そのことから、この付近は大曲という地名があった。
今でこそ、住所としての大曲という名は無いが、
交差点名・バス停名にその名を残す。
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大曲を過ぎると、首都高速が川を覆いかぶせるようになる。
奥に見える橋は隆慶橋。
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更に歩いていくと飯田橋の交差点に達し、
神田川は首都高速とともに左折する。
飯田橋は神田川に架かる橋ではなく、外濠からの水路の橋
である。(写真手前)
神田川の橋は船河原橋(写真奥)といい、船河原橋の下で
外濠からの水路と神田川は合流する。
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ここからはしばらく外堀通り沿いを歩いていく。
飯田橋から水道橋付近にかけて、市兵衛河岸といわれる荷揚げ場があった。
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その名は、付近に岩瀬市兵衛の屋敷があったことに由来する。
下流の昌平橋との間を結ぶ船着場であり、荷物を岸に上げる物揚場でも
あったという。
陸軍東京砲兵工廠(現:小石川後楽園付近)があった頃は、工廠用の
荷揚げ場としても利用されていた。

小石川橋の手前で水道橋分水路の中程に位置する流出口が見える。
首都高速は日本橋川へと曲がり、神田川の上に再び空が広がる。
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日本橋川との分流地点は、その小石川橋のすぐ下流。
元々の神田川は(当時は平川といった)、現在の日本橋川方向に流れ、
日比谷入江へと注いでいた。
家康は、江戸入城後、御茶ノ水付近の台地(神田山)を切り崩し、
隅田川方向へ流す放水路をつくることを命じた。
切り崩した土砂は、江戸城の東部の低湿地や海の埋め立てに使用された。
実際の工事は家康の死後で、約40年間を要する大工事だったが、
工事を請け負ったのが仙台の伊達藩だったので、仙台掘とも呼ばれた。
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分流する箇所にある建物は千代田清掃事務所三崎町中継所で
此処から不燃ゴミが東京湾岸の処理場へと、はしけによって運ばれる。
この先の川では、はしけが往来する様子がよく見られる。

東京ドーム一帯へ向かう人々を見ながら歩いていくと、
水道橋駅の向かい側に防災船着場がある。
ここにも先ほどの市兵衛河岸の説明板があった。
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そしてもう一つ、ここには谷端川小石川)という支流が合流していた。
現在の地下鉄千川駅付近の粟島神社境内の弁天池を水源とし、
椎名町、板橋、大塚などを通る全長約11kmの支流である。
現在は外堀通り地下の分水路へ合流しているようである。

水道橋駅の南側には、三崎稲荷神社がある。
寿永元年(1182)、当時の神田山山麓の丘陵地(現:文京区本郷一丁目)に
三崎村総鎮守として祀られたのが創建とされる。
その後、神田川掘割工事や甲武鉄道の敷設などの理由により、数度の遷座
を経て、明治38年(1905)現在地に落ち着く。
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徳川家光が江戸城に出入りをする際に三崎稲荷神社に参拝し、諸大名にも参
拝を促した。
それを機に、参勤交代で登城の際、諸大名は三崎稲荷神社で祓い清めること
を恒例としていたことから、「清めの稲荷」とも呼ばれていたともいう。

水道橋から下流方向を眺めてみる。
御茶ノ水に向かって両岸は上っていくので、深い谷となる。
先ほど書いたように人工の谷であるので、改めて江戸期の土木工事の偉業に
驚きを感じる。
写真左に見えるのは御茶ノ水分水路の流入口である。
その上は小公園となっており、その一画に御茶ノ水分水路の事業記念碑もある。
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通りを上っていくと、その途中に神田上水懸樋跡の碑がある。
神田上水については、前回でも記載したが、大洗堰で取水した神田上水は、
ここで懸樋で神田川を渡り江戸市中へ給水していた。
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水道橋
江戸名所図会 お茶の水 水道橋  (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

左手に順天堂大学・東京医科歯科大学といった、医科大付属病院の建物
が見えてくる。
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その順天堂大学の北側に東京都水道歴史館がある。
神田上水や玉川上水をはじめとして、江戸から現代に至る水道の歴史の
展示などがある。
移築・復元された神田上水石樋の遺構(下記写真)や、
先ほどの懸樋の再現模型などの展示もあり、立ち寄ることをお勧めしたい。
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水道歴史館

東京都水道歴史館が紹介されていて嬉しかったです。地味で知られていない穴場みたいだから(笑)
水道橋が架かっていた場所か、水道橋を管理していた役所跡でしょうか?

Re: 水道歴史館

> awagaduさん
水道歴史館は過去、2回ほど行っています。
結構、穴場なんですよね。
アンケートに答えたら、水のペットボトルを頂いたこともありました。

> 水道橋が架かっていた場所か、水道橋を管理していた役所跡でしょうか?
これはちょっとわかりません。
気になってスマホのアプリで江戸古地図を見てみましたが、
それらしき建物はありませんでした。
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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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