内川 1

大田区北馬込付近を源流とし大森東で平和島運河に注ぐ、二級河川の内川を歩
いてみた。
上流部は昭和51年までに暗渠化(下水道幹線化)され、開渠は東海道本線の鉄
橋から東側の1.5kmの区間のみとなっている。

内川のスタート地点は、環七北側の北馬込2-13の緑道、そこには旧内川源流
の碑が建っている。
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しかしこの碑の唐突な感じは拭えない。
付近を歩き回ってみると、西側の夫婦坂交差点方面のかけて凹凸のある地形が
広がっている。
恐らくこの谷形状の地形のどこかに湧水があり、またこの付近に降った雨水を集
めて流れ出していたものと推定される。
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また源流碑の北側に位置する宗福寺脇の坂道の側溝では、寺から流れ出たと思
われる清らかな水が下っていた。
残念ながらその水源は追うことは出来なかったが、宗福寺下から出る湧水と想定
される。
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その金光山宗福寺、曹洞宗系の寺院で、開山は天永源堯和尚(天正4年(1576)
寂)。
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境内には登志子地蔵が建立され、馬込子まもり会というNPO法人によって維持
されている。
昭和10年5月、祭礼へ行くために自宅前で母親を待っていた10歳の少女が、
誘拐、乱暴の末、殺害されるという事件がおきた。
犯人は、事件発生の24日後に逮捕されたが、殺害された少女の慰霊と、子供
達の健やかな成長を祈願して維持されている。
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さて、内川は、先ほどの源流碑から数十メートルで環七と交差、その先も南に
向かって緑道が続く。
環七からは緑道へと階段が設置されており、環七が盛土で通されたことが判る。
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環七との交差部の西側にあるのが、馬込浅間神社
由緒は定かではないが、享保17年(1732)馬込村の住人、橋本和泉守が、富
士信仰厚く富士浅間神社を勧請奉斉したことに始まるといわれる。
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緑道を数百メートルほど行くと、東海道新幹線および横須賀線との高架橋が見
えてくる。
2014-05-31_31.jpg

線路との交差部には、開渠時代の河川のトンネルが残されている。
前述の通り、下水道幹線化されたのは昭和51年なので、それまでは内川が品
鶴線(現横須賀線)をこのトンネルで越していたようだ。
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新幹線と交差した先、内川は立正中学校・高校のキャンパスの間を通る。
平成25年に大崎より移転してきたキャンパスであり、新しい校舎の中、内川の
部分には遊歩道が設けられ、一般に開放されている。
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立正高校を過ぎて二百メートルほど行くと、第二京浜国道(国道1号線)と交差する。
その北には、長遠寺と馬込八幡神社がある。

海岳山長遠寺は真言宗智山派の寺院。
寺伝によれば、天仁元年(1108)宥尊上人の草創で、当初は馬込邑堂寺に建立
されたが、建武年間の兵火で焼失、その後、文亀2年(1502)、現在の地に移った。
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十世紀頃の作とされる十一面観音菩薩立像は上大崎の光雲寺にあったものが、
明治初年、廃寺の際に当寺に移されたもので、大田区文化財に指定されている。
(非公開)

長遠寺に隣接して建っているのが馬込八幡神社
建久4年(1193)に、源頼朝の家臣の渡辺対馬守正久が、清水八幡宮の分霊
を勧請、翌5年に当地に遷宮したといわれる。
馬込村の総鎮守とされ、長遠寺が別当寺であった。
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下の江戸名所図会にも、図の上部に長遠寺と馬込八幡神社が描かれている。
馬込八幡宮
江戸名所図会 「万福寺 馬込八幡宮 梶原屋敷」  
                      (国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより転載)

またここから数十メートルほどの場所には、時計台がある民家がある。
明治18年(1885)建築の旧馬込小学校の一部を移築して住宅として改造し、
さらに大正14年 (1925)建設の時計台を昭和38年(1963)に移築した。
一般民家のため通りから眺めるだけだが、河原家住宅主屋として国の登録有
形文化財として指定されている。
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第二京浜国道から先、内川は一般道の歩道として整備されている。
歩道の花壇に植えられたツツジが綺麗に花を咲かせている。
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その北側に湯殿神社がある。
創建年代は不明であるが、江戸時代には羽黒権現と呼ばれていたという。
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この湯殿神社がある一帯は、後北条氏の家臣・梶原助五郎の居城といわれる
馬込城址である。
囲が急な崖で、周辺の谷に沼を配し、敵の侵攻に備えていた。
特に神社がある付近の西側は、根古屋と呼ばれ、このあたりが城主の館の跡
と伝えられている。

そこから数十メートルほど坂を上ると、大田区立郷土博物館が右手にある。
歴史、民俗資料などの文化遺産が展示されているが、中でも床一面に貼られ
た六郷用水と二ヶ領用水のルート図は秀逸であり、河川・用水好きにはたまらない。
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内川跡に設けられた歩道は、南馬込の住宅街を南東方向に進む。
馬込桜並木通りと称し、600mほどの区間に90本の桜が立ち並ぶ。
通り沿いには、スーパーやドラッグストアなどもあり、人通りは多い。
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《参考文献》
『大田の史跡めぐり』 大田区教育委員会 郷土博物館編


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善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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