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大栗川 1

大栗川は八王子市鑓水の御殿峠付近を水源とし、同市上袖木、下袖木、
堀之内、大塚などを経て、多摩市連光寺で多摩川へと注ぐ延長15kmほ
どの一級河川である。
支流には大田川、乞田川などを持つが、周辺地域の谷戸を水源とする小
河川が流れ込む。
もともとは蛇行が多い河川であったというが、ニュータウン開発に伴い、
河川改修が行われ、現在ではコンクリート護岸の直線的な河川となっている。
厳耕地谷戸、子の神谷戸が合流する上流域の御殿橋付近から、ほぼ河
川に沿って散策を楽しむことが出来る。

まずは源流域の厳耕地谷戸、子の神谷戸、そして多摩美大付近の本流
からスタートしてみた。

厳耕地谷戸支流
八王子バイパスの御殿峠の東側を源流部として流れる小さな河川である。

湧水地点おそらく林の中、川の流れを確認できるのは国道16号から200
メートルほど下った地点である。
写真左側の白い家屋脇を流れ出てくる。
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川は道路と交差し、右側の農地の奥へと入っていく。
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再び道路脇へと出てきた河川、せせらぎを聴きながら谷戸の道路を歩く。
2017-09-08_12.jpg

個人宅への取り付け道路の橋の上から眺める支流、流石に流れる水は清らかだ。
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その先、流路は道路とは離れて崖下を流れていくことになる。
そこには谷戸の原風景が広がっている。
2017-09-08_15.jpg

更に歩いていくと三差路があり、道脇に庚申塔などの石塔が建てられている。
その横には八王子市教育委員会による「絹の道説明板があり、説明板
脇の道路は尾根へと続いている。
安政六年(1859)の横浜開港から明治はじめの鉄道の開通まで、 八王
子近郷もとより長野・山梨・群馬方面からの輸出用の生糸が、 この街道
(浜街道)を横浜へと運ばれました。
八王子の市にほど近い鑓水には生糸商人が多く輩出し、 財力もあって
地域的文化も盛んとなり、鑓水は「江戸鑓水」とも呼ばれました。
なお、この「絹の道」という名称は、地域の研究者が昭和20年代の末に
名づけたものである。
(説明板より引用)
2017-09-08_18.jpg
現在は鉄道駅から離れ、静かな里の風景が広がる地区だが、幕末、明治
初期頃は鑓水商人と呼ばれる生糸商人により賑わいを見せていたようだ。

その説明板から100mほど行くと、絹の道資料館がある。
生糸商人、八木下要右衛門の屋敷跡に建てられた資料館で、絹の道や
製糸・養蚕に関する資料が興味深い。
2017-09-08_21.jpg

展示室内にあるジオラマ(許可を得て撮影)、正面に見える谷筋が下って
きた厳耕地谷戸で、尾根沿いの道が絹の道だ。
2017-09-08_24.jpg

支流は、資料館西側の農地の中を流れていき、子の神谷戸からの支流と
合流する。
2017-09-08_26.jpg

子の神谷戸支流
資料によれば、国道16号沿いの霊園の下付近にある湧水からの流れと
のことだが、こちらも藪に囲まれて源流域に近づくことは難しい。
2017-09-08_30.jpg

支流の中程からは道路沿いに水は流れていく。
この道路は谷戸の奥で行き止まりとなっており、車も通ることは稀なようだ。
故に、道路を歩いていくのも気がひける感がある。
2017-09-08_36.jpg

道の北側、丘の上に鑓水諏訪神社が鎮座する。
創建年は不明だが江戸中期の頃とされ、明治10年(1877)、もともとこの
地にあった子の神神社と、日影谷戸の諏訪神社、厳耕地谷戸の八幡神社
が合祀され、諏訪神社となった。
本殿の建立には鑓水商人が関わっており、山間地の神社ながら見事な彫
刻が施されている。
2017-09-08_39.jpg

支流は道路脇を流れ続ける。
こちらの水も清らかである。
2017-09-08_41.jpg

大栗川への合流直前で、厳耕地谷戸からの支流を合わせる。
2017-09-08_44.jpg

御殿橋下で大栗川へと合流している。
2017-09-08_47.jpg

大栗川本流大芦谷戸
大栗川の本流とされる水路も、国道16号線鑓水交差点辺りが水源らしい
が、こちらは周辺地域が開発され、おそらく谷戸も開発により埋められてし
まったものと思われる。
源流からの水路は暗渠化されているが、暗渠とはいっても地中の埋設管と
なっており、かつての水路を見出すことはできない。

河川としての最上流地点は、多摩美大の入口付近。
埋設管から僅かな水の流れが確認できる。
2017-09-08_54.jpg

川沿いを歩くことはできず、鑓水街道と称する道路に迂回して水路を
追うが、地中に浸み込んでしまったのか、水の流れは確認できなくなっ
てしまう。
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鑓水街道と交差した先の河川、現在は雨水排水路としての役割と
しか果たしていないのだろう。
2017-09-08_49.jpg

再び民地に入ってしまうため迂回を強いられる。
200メートルほど行くと、先ほどの子の神谷戸支流が合流する御殿橋に
辿りつく。
このように現在、本流からの水の流れは殆どなく、大栗川の主たる
源流域は厳耕地谷戸および子の神谷戸であるといっても過言ではない。

以上、大栗川の源流を辿ってみたが、次回からは大栗川本流に沿って
下っていくことにする。

《参考資料》
『大栗川・乞田川 流域の水と文化』 小林宏一著



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Author:リバーサイド
善福寺川沿いのウォーキングから始め、東京や近郊の中小河川・用水・暗渠を巡る。
07年「善福寺川リバーサイドブログ」を綴り始め(14年6月閉鎖)、13年2月から当ブログを開始。

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